コラム(中小企業庁メールマガジンより抜粋)

     
  目 次
  e-中小企業ネットマガジン(8/5号)2026年    
2026年
・8/5号「一滴の醤油から始まった世界初への挑戦」
・7/29号「150年のレガシーが生んだ失敗を恐れない経営」
・7/15号「ピンチをチャンスにする力」
・7/8号「復興のシンボル的存在、挑戦の舞台は世界へ」
・7/1号「子どものころに抱いた夢をARで実現」
・6/24号「”遠回り”が生んだ覚悟」
・6/3号「アイデアをビジネスに昇華する力」
・5/27号「空き家問題解決とビジネスの両立に挑戦」
・5/20号「”もったいない”から生まれた新規事業」
・5/13号「買わない時代が、チャンスになる」
・4/28号「不透明な時代の中小企業の生き残り策」
・4/22号「最新技術を活用して伝統技術を守る」
・4/15号「一軸経営を超える勇気―ある中小企業の売上高100億円への手法」
・4/8号「高水温で育つサクラマスが救うのは」
・4/1号「廃棄物の山から始まる未来 課題解決に成長の機会が生まれる」
・3/25号「将棋、医療、経営にもAI 実はコラムも?」
・3/18号「生成AIを経営に生かす」
・3/11号「雪国の暮らしを守る中小企業の挑戦」
・3/4号「“御食国”淡路島から生まれた生パスタ革命」
・2/25号「カワウソの里から生まれた世界の日本酒 獺祭」
・2/18号「若き後継者、環境技術で挑む」
・2/10号「老舗メーカーの“大回転”」
・2/4号「“麺王国”の新たな魅力を発信」
・1/28号「共創の場 ベツイチ・ベツナナ」
・1/21号「門前町の老舗が変えた”当たり前”」
2025年
・12/24号「人を想う経営が生む、未来への灯り」
・12/10号「”心の目”を開き、課題の本質を見抜く」
・12/3号「東北発、水上ドローンで社会課題に挑む」
・11/26号「“天下統一”を支える右腕の力」
・11/19号「微生物パワーで食品廃棄物を資源に」
・11/12号「トキの舞う島で、世界に挑戦」
・11/5号「障がい者雇用が変えた職場環境」
・10/29号「ラストワンマイルの環境負荷を軽減」
・10/22号「未来への航路を描いた万博の終幕」
・10/15号「保育園があるから活躍できる」
・10/8号「ベーグルから広がる地域活性化の輪」
・9/24号「浜松でウナギも売る新聞販売店」
・9/10号「地域と企業の持続可能な成長モデル」
・9/3号「自らの行動で”いのち輝く未来”を創る」
・8/27号「将来の経営を支える友情と連携」
・8/20号「タンチョウヅルとアイヌ文化を守り成長」
・8/13号「海の豊かさを守る竜宮礁(りゅうぐうしょう)」
・7/30号「究極の腸活」
・7/23号「竹から生まれたかぐや姫、ならぬヒット商品」
・7/9号「新技術・新製品が成長の源泉」
・7/2号「ハラミちゃんのように笑顔になれるピアノ教室」
・6/25号「“21世紀最大のフロンティア”を目指す」
・6/18号「外国人財をいかし成長に結びつける経営」
・6/11号「女性にしかなれない職業」
・6/4号「DXに取り組み、超少子化時代に備える」
・5/28号「自然冷媒で地球温暖化の課題解決に挑む」
・5/21号「働くママも”カッコイー!”」
・5/14号「天然塩を新たな地域ブランドに マーケデザイン」
・4/23号「様変わりする”見て覚えろ!”」
・4/16号「老舗繊維問屋がチャレンジした新規事業とは」
・4/9号「高齢者にとっての歩行の大切さ」
・3/26号「”多能工化”で女性が働きやすい職場づくり」
・3/19号「アトツギになる覚悟と決意を語る4分間」
・3/12号「教育内容が変化するなか”先生たちの役に立ちたい!”」
・3/5号「スタートアップの成長をサポート」
・2/26号「外国人労働者に選ばれる国となるには」
・2/19号「女人禁制の伝統を打ち破った24代目」
・2/12号「ネイチャーポジティブをみんなで叶える森づくり」
・2/5号「日本型スタートアップ支援」
・1/29号「人間って変われるんやな」
・1/22号「三大秘境の地でキャビアづくりに挑戦」
・1/15号「災害で引き継がれる共助の心」
2024年
・12/25号「メリークリスマス&ハッピーニューイヤー」
・12/18号「パリ五輪を足掛かりに世界市場に挑戦」
・12/4号「値決めは難しい」
・11/27号「荒廃農地再生に新たなビジネスモデル提起」
・11/20号「伝統産業の存続に新サービスの力」
・11/13号「愛娘を心の支えに」
・11/6号「沖縄のソウルフード「てんぷら粉」が商機生む」
  ~一滴の醤油から始まった世界初への挑戦~

◆日本人の食卓に欠かせない調味料といえば醤油だろう。刺身や寿司、煮物など和食の味を支える存在だが、開封すると空気に触れて酸化が進み、色や香り、風味が徐々に失われていく。この変化に疑問を抱いていたのが、株式会社悠心(新潟県三条市)の二瀬克規社長だった。大の醤油好きだった二瀬社長は、「なぜおいしい醤油が真っ黒になってしまうのか」と考え続け、その思いが世界初の液体容器「PID(パウチ・イン・ディスペンサー)」の開発につながった。

◆二瀬社長は上場企業の常務を務めた後、58歳で起業した。「残りの人生は新しい挑戦に使いたい」。その思いで2007年に悠心を設立し、世の中にない製品づくりに挑んだ。毛細管現象に着想を得たPIDは、液体を注ぐ時だけ開き、止めると自然に閉じる画期的な仕組みを実現。ヤマサ醤油との共同開発を経て商品化され、「鮮度の一滴」として市場に送り出された。「醤油の鮮度を守る容器」は消費者の心にも響き、鮮度の一滴はヒット商品となった。

◆悠心の強みは発明だけではない。JISの制定や特許取得にも積極的に取り組み、技術を標準化しながら競争力へと高めてきた。また、自社工場を持たず研究開発に集中するファブレス経営を採用。燕三条地域のものづくり企業と連携しながら、液体充填包装機「GANSHIN」や生成AIを活用したユーザー支援システムなど、新たな製品やサービスを生み出している。

◆二瀬社長が繰り返し語るのは、「開発力の基盤は人」という信念だ。悠心には定年制がなく、経験豊富なベテランと若手がともに学び合う。失敗しても責めず、挑戦を評価する文化が根付いている。58歳での創業から生まれた数々の革新は、技術だけでなく、人への信頼から生まれたものだったのかもしれない。人口減少や人手不足が進む時代にあって、悠心の取り組みは、中小企業が独自の技術で活路を切り開くためのヒントを示している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/29号)2026年  
  ~150年のレガシーが生んだ失敗を恐れない経営~

◆かつて群馬県多野郡吉井町(現高崎市吉井町)の母親の実家では、蚕を飼育していた。当時、幼かった筆者は蚕が糸を吐き出し、繭を作る姿にすっかり魅了された。水はけのよい土壌で日照時間も長く、蚕の餌となる桑の栽培に適していた群馬県は古くから養蚕が盛んで、明治時代には全国有数の養蚕・製糸地域となり、生糸は日本を代表する輸出品となったという。

◆その生糸を絹織物に加工する産地として発展したのが同県桐生市だ。「続日本紀」に約1300年前の奈良時代に、現在の群馬県にあたる上野国から「あしぎぬ」という絹織物が朝廷に納められたことが記されている。この記録を桐生の織物につながる歴史として位置付ける説もあり、江戸時代には「西の西陣、東の桐生」と称されるほど、桐生は絹織物の産地として隆盛を誇ったとされる。

◆そんな桐生の織物産業も着物需要の低迷などで衰退の一途をたどっているが、こうした状況下にあっても、新たな市場開拓に挑戦し、成長を続けている企業がある。来年に創業150年を迎える刺繍メーカーの笠盛だ。明治10年の創業以来、昭和恐慌や第一次石油ショック、インドネシアへの進出失敗、コロナ禍と何度も危機に見舞われながらも、帯事業から刺繍業への転換、自社ブランド「OOO(トリプル・オゥ)」の立ち上げなど、新市場を切り拓くことで乗り越えてきた。4代目の笠原康利会長は「失敗してもいいから、(従業員には)冒険してほしい」と強調する。自らも失敗から学び、それを次の成長に生かしてきた経験があるからこその経営哲学だ。

◆今や同社を代表する刺繍アクセサリー「スフィア」はその象徴だ。糸を何重にも重ねて「球」を形成するスフィアは「糸で球体を作るのは無理」と一度はお蔵入りしたものの、デザイナーの片倉洋一氏が中心となって挑戦と失敗を繰り返しながら、苦労の末に完成したものだ。

◆次はアジア市場の開拓を見据える。中国や台湾、韓国からの注文が増えており、まさにそのチャンスが到来しているのだ。笠盛の150年に及ぶ歩みは、伝統的な企業がいかにして自己変革を遂げ、グローバル市場で戦えるブランドを構築していったかを教えてくれる。明治時代には「輸出織物産地」としての地位を確立していた桐生。笠盛はその桐生の栄華を取り戻す起爆剤になるかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/22号)2026年  
  ~自然薯ビジネスで地域活性化~

◆20年ほど前のことだが、旅先の青果店で1メートルはあろうかという立派な自然薯がたくさん店に並べられているのを見て、驚いたことがあった。自然薯は野山に自生していて、山郷を探し回り、何時間も土を掘って収穫する希少なものだと思っていたからだ。おそらくこの地域にはプロの自然薯掘りが大勢いるのだろう、などと勝手に推察していた。

◆店の人に話を聞くと、意外な答えが返ってきた。「あれは水道管のパイプで栽培しているんだよ」。その話に、また驚かされた。1本何千円もする高級品。本当に水道管を使っているかどうか定かではないが、細長く、まっすぐに育てることで高い付加価値を生み出している。このような自然薯の栽培は全国的に広がっている。

◆茨城県つくば市にある株式会社新関フードサービス代表取締役の新関勉氏は2021年に地元で自然薯料理店をオープンした。もともと居酒屋を経営していたが、コロナ禍で客足が減り、業態転換に踏み切った。「もともと父が農家で、趣味で天然の自然薯掘りをしていた。そこから父が自分で栽培するようになった」と新関氏は語る。茨城県も自然薯栽培が盛んな地域だ。自家栽培した自然薯をとろろにして提供し、地元の人気店に成長させた。

◆自然薯を使った加工食品の開発にも乗り出し、これまでにそばやチーズケーキなどを商品化した。いずれもこだわりが詰まった商品で、そばには生のままの自然薯を練り込み、チーズケーキはトルコアイスのような柔らかさと口当たりに仕上げた。
チーズケーキはつくば市の認定物産品に選定され、ふるさと納税の返礼品にも採用された。

◆JR東日本と地域活性化の連携協定を結ぶ茨城県信用組合のサポートを得ながら販路の開拓に取り組む新関氏。自然薯の収穫体験ツアーを展開するなど、ビジネスの幅は広がっている。「農家とのつながりがあるので、自然薯だけに特化せず、市場に出せない農産品を活用した商品の開発にも取り組みたい」。
自然薯さながらの粘り強さで、地域の活性化を後押ししている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/15号)2026年  
  ~ピンチをチャンスにする力~

◆イスラエルとイランを巡る中東情勢の緊張が続き、原油価格や物流コストの先行きに不透明感が広がっている。しかし、中小企業にとって景気変動への対応は今に始まったことではない。オイルショック、バブル崩壊、リーマンショック、コロナ禍など、過去にも幾度となく経済環境の急変を乗り越えてきた。中小機構が公表した「第184回中小企業景況調査(2026年4~6月期)」からも、厳しい経営環境の中で活路を見いだそうとする中小企業の姿が浮かび上がる。

◆今回の調査では、全産業の業況判断DI(「好転」と回答した企業比率から「悪化」と回答した企業比率を引いた値、前年同期比、▲はマイナス)は、▲18.7となり、前期に比べて1.1ポイント低下した。低下は4期連続という厳しい結果となった。ナフサ由来の原材料の調達難で新規受注ができなくなったり、調達はできても価格が数倍に高騰し、価格転嫁に苦慮したりしているなど、中東情勢や原材料事情に言及するコメントは前期と比べて約2.5倍に増えた。

◆特に深刻なのが人手不足だ。受注機会があっても人材が確保できず、生産能力を十分に発揮できない企業が少なくない。そのため採用強化だけでなく、DXや自動化、業務改善による生産性向上が重要な経営課題となっている。
◆ただ、厳しい経営環境の中でも成長を続ける企業は、人材育成や設備投資、デジタル化、新市場開拓への取り組みを継続している。独自技術や高付加価値商品を持つ企業はコスト増を販売価格に反映できている。「選ばれる理由」を持つことが、価格決定力を高める鍵になっている。今回の景況調査が示しているのは、景気回復を待つ姿勢ではなく、変化を見据えて先手を打つ企業ほど成長の機会をつかみやすいという現実である。中小企業経営者には、足元の課題対応と同時に将来への投資を進める視点がますます求められている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/8号)2026年  
  ~復興のシンボル的存在、挑戦の舞台は世界へ~

◆東日本大震災から15年。宮城県石巻市の渡波駅に降り立つと新たな住宅が立ち並び、この地域に津波が押し寄せ、がれきに覆われていたのが嘘のように思える。石巻市は震災で甚大な被害を受け、渡波地区では519人が犠牲となった。渡波中学校は津波によって2階まで浸水したというから、そのすさまじさが分かる。

◆石巻市は、沖合に世界三大漁場の一つ「三陸・金華山沖」を持つ日本有数の漁場都市だ。水産加工も盛んで、まさに「水産のまち」である。震災では、津波によって多くの水産加工場や魚市場などの水産関連施設が浸水し、深刻な打撃を受けたが、現在はその水産関連施設も再建が進み、石巻市の水産業は再び活気を取り戻している。

◆そんな危機を乗り越え、成長を遂げたのが「ホヤ」「カキ」「ホタテ」を主軸とする水産加工製造業の株式会社ヤマナカだ。創業者の高田慎司代表取締役は、その機動力と固定観念に囚われない斬新なアイデアでピンチをチャンスに変えてきた。震災で宮城県のホヤ養殖が壊滅する中、震災前に韓国に大量輸出したホヤを買い戻し、東北のスーパーで販売した。この戦略は見事に当たり、爆発的に売れて震災前の売り上げを上回ったという。しかし、これは一時的なものだ。高田氏は新たな供給源を探しに動く。そこで目をつけたのが韓国向けにホヤの試験養殖を行っていた北海道の八雲町だった。現地に赴き、「国内向けにやりませんか」と漁業関係者を説得し、北海道産ホヤの国内出荷にこぎつけたのである。

◆震災で工場や冷凍庫などが流失、損壊し、廃業や破産に追い込まれた水産加工業者もある中、「ピンチをチャンスに変える」というのは、言うほど簡単ではない。それが実現できるのは、「代替案を考えてすぐに動く」という特徴を持つ経営者だけだ。高田氏はまさにその典型である。次のターゲットは東南アジアでの事業拡大だ。ベトナムに現地法人を立ち上げ、その萌芽はすでに見えつつある。逆境を成長の原動力にし、石巻の復興のシンボル的な存在ともなったヤマナカ。今度は世界という舞台でその挑戦が本格化する。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/1号)2026年  
  ~子どものころに抱いた夢をARで実現~

◆世界的な人気漫画「ドラゴンボール」。主人公・孫悟空の得意技「かめはめ波」は誰もが一度は真似をしたことがあるだろう。「か~め~は~め~」と言いながら、両手首を合わせて腰のあたりまで両手を引き、「は~!」と、気持ちを込めて前に押し出す。海外の著名なアスリートやハリウッドのスターが決めポーズをとる姿を見ると、とても誇らしい思いになる。

◆「かめはめ波を撃ちたい」。そんな子どものころの思いを新たなビジネスに昇華させた人がいる。AR(拡張現実)を活用したスポーツ「HADO(ハドー)」を展開するmeleap(メリープ)の福田浩士CEOだ。2016年に「HADO」を開発。10年ほどの間に全世界に広がり、競技人口は1000万人以上になっている。

◆HADOは頭にヘッドセット、腕にアームセンサーを装着してチームでプレーする。エナジーボールという光の塊を手から発射し、対戦相手に当ててポイントを競う。現実の映像に仮想の映像を融合させてヘッドセットに映し出すと、まるで自分の手から実際にエナジーボールを発射する“かめはめ波”感覚を味わえる。

◆大学を卒業後、1年間のサラリーマン生活を経て、起業に踏み切った。当時は明確なビジネスモデルを描けていなかったそうだ。「使えそうな技術を組み合わせ、どんな体験を作ろうか考えた。この体験ならお金を払ってくれるかもしれない。そんな試行錯誤の中で作り上げた」と福田氏。試作すると、理想的な操作ができなかったり、まったく面白くなかったり。何度も壁にぶつかりながらビジネスを作り上げたという。

◆運動が苦手な人でも楽しく体を動かせるとともにチームによる戦略や思考力、協調性も求められる。単なるスポーツとしてだけでなく、学校教育や人材育成のツールとしても活用されるなど新たな展開も始まっている。「『失敗は怖いから起業しない』ということは考えないほうがいい。間違いなく、起業は楽しい」。
福田氏はそんなメッセージを送っている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/24号)2026年  
  ~「遠回り」が生んだ覚悟~

◆多くの企業で、生成AIをどう活用して生産性を向上させていくか、検討が真剣に行われている。しかし、「大切な情報は外に出せない」というジレンマは根強い。そうした課題を解決する技術として注目されているのが「秘密計算」だ。データを暗号化したまま分析や処理ができるため、情報を見せることなく活用できる。いわば「中身を明かさずに答えだけを得る」仕組みであり、DXや生成AI時代の新たな基盤となる可能性を秘めている。

◆「このままでは、自分は何も残せないのではないか」。秘密計算技術のスタートアップであるAcompany代表取締役CEOの高橋亮祐氏の原点には、そんな焦燥感があった。愛知県で生まれ、名古屋大学工学部に進学した時は、周囲から将来は地元の自動車関連企業に就職するとみられていた。自分の人生のレールがすでに敷かれているように感じた。転機となったのがヒッチハイクの旅だ。各地で出会った人々の生き方に触れる中で、「レールに乗るだけでいいのか」と自問するようになる。そして、自らの意思で人生を選ぶ覚悟を固め、起業に踏み切った。

◆起業後も平坦な道ではなかった。最初の事業は、「10年を懸けられるか」と自問し、自ら撤退を決断する。起業時に目指した「テクノロジーで世の中を良くしていきたい」という原点に立ち返り、もう一度やるべき事業を探した。その先で出会ったのが秘密計算だった。だが当時、この分野は未開拓で、高度な専門知識を持つ人材も限られていた。高橋氏は自ら研究者に会いに行き、ビジョンを語り、何度も説得を重ねた。安定した研究環境にいる専門家を、スタートアップに引き入れるのは容易ではない。それでも「この技術は社会を変える」という確信を言葉にし続け、共に挑戦する仲間を増やしていった。

◆現在同社は、約50人体制で秘密計算の開発を行っている。これだけの人材を抱えているのは、国内大手IT企業でもまれで、同社はすでに有数の開発体制を持つ存在となった。高橋氏の遠回りに見えた経験の一つひとつが、今の決断を支えている。
人を動かし、仲間を集め、誰も解けなかった難題に挑み続ける――
日本発の技術が世界のインフラになる未来も見えてくる。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/3号)2026年  
  ~アイデアをビジネスに昇華する力~

◆私たちの体には、目に見えないほど細い毛細血管が無数に張り巡らされている。
つなげば地球を何周もするといわれるほどの長さがある。大阪の発明家・武野照男氏は、毛細血管を拡大して見える装置「血管美人」を開発した。毛細血管がヘアピンのように整然と並べば健康、短かったり、ねじれていたり、白濁しているものは、生活習慣の乱れや体調不良の可能性がある。目で見てその様子を確かめることができれば、生活や体調を映す“バロメーター”になると考えたのだ。血管美人はテレビで紹介されて話題となり、展示会に出品すると、自分の毛細血管を見てみたいという人が殺到した。

◆照男氏の息子の武野團氏は、この装置を事業化しようと、あっと株式会社を設立し販促に乗り出した。ところがさっぱり売れない。「面白い装置だが、医学的意味はあるのか」「エビデンスがない」と突き返される日々だった。「父の技術が、このままでは“エセ科学”で終わる」と危機感を強めた。

◆転機は大阪産業創造館での出会いだった。大阪大学との共同研究で「毛細血管を誰が測っても、同じ評価となる指標づくり」を目指した。さらに東北大学との研究では、毛細血管測定が、糖尿病網膜症の早期発見や重症度予測を補う指標となり得る成果を得た。現在は10以上の大学や理化学研究所と連携し、研究を継続している。装置も約4秒で36の検査項目を解析できるものに進化させた。これまでに薬局やクリニックで累計2000台を販売している。エビデンスを積み上げることで、健康や未病の評価指標の完成も見通せるようになってきた。

◆中小企業の技術は「面白いが根拠が弱い」と見られがちだ。重要なのは、その着想を社会に通用する価値へ引き上げる執念である。同社は研究連携で根拠を固め、ただ見せるだけの装置を、医療・健康の指標へと発展させた。アイデアはそれだけではビジネスにならない。他者の知を取り込み価値に転換する――
その過程こそが、ビジネスへ昇華する力なのだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/27号)2026年  
  ~空き家問題解決とビジネスの両立に挑戦~

◆東京郊外のある住宅地。近所の高齢男性が施設に入居し、その家は空き家となった。裏手の男性が所有する古びたアパートも廃墟化し、そのまま放置されている。こうした光景はもはや珍しくなくなった。総務省の「令和5年住宅・土地統計調査」によると、空き家は過去最多の約900万件で、空き家率は7軒に1軒以上に達した。特に地方は深刻で、和歌山県や徳島県、山梨県、長野県、鹿児島県、高知県の空き家率は20%を超えている。2033年には全国で約3軒に1軒が空き家になるとの試算もあり、事態は待ったなしの状況だ。

◆原因は人口減少や高齢化、都市部への人口集中、立地の悪さや老朽化で「売れない・貸せない」という「負動産」の増加、相続問題や権利関係の複雑さなど多岐にわたる。空き家は老朽化による倒壊や放火による火災、不審者による治安の悪化など地域を脅かす問題だ。政府も適切に管理されていない空き家の所有者に対して、指導や命令ができるよう法改正をするなど対策を進めているものの、行政の対応だけでは解決にはほど遠い。こうした状況に従来型の不動産会社の枠を超え、不動産ビジネスと空き家問題という社会課題の解決の両立に取り組んでいるのが不動産事業・リフォーム事業を手掛ける大希企画だ。

◆大希企画の創業は1988年。2代目の宮川大輝社長になってから本格的に空き家問題に取り組むようになり、これまでに累計1000件以上の空き家をリフォーム・再販している。相続後に放置された住宅や「負動産」となった住宅などをリフォームし、「蘇った不動産」として市場に再流通させているのだ。そのエンジンとなっているのが、宮川社長が立ち上げた士業ネットワーク「志希の会」。弁護士や司法書士、税理士などの専門家と連携することで、迅速な対応を可能にしている。

◆宮川社長は2029年に売上高100億円を目指している。「会社の規模が大きくなればなるほど、それだけ社会貢献できる規模も大きくなる」との思いからだ。好きな言葉は「貢献を先に、理を後に」。ビジネスと社会貢献が並び立つことを証明している宮川社長の取り組みは、企業はどうあるべきかを教えてくれる。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/20号)2026年  
  ~「もったいない」から生まれた新規事業~

◆水道は日本が世界に誇るインフラだ。全国の水道管の総延長は約74万キロに達する。地球18.5周分の距離にあたる。水道普及率はほぼ100%。蛇口をひねれば、簡単にきれいな飲み水が手に入り、のどを潤すことができる。日本人にとっては当たり前のことなのだが、実は、そこまで安全な水を供給できる国は、ほんのわずかしかないのだそうだ。日本だからこその、維持管理の技術、ものづくりの技術が支えている。

◆日本の水道は「漏れない」ことでも世界トップクラスと評価されている。水源から水道管を通って蛇口から出るまでの漏水率は都市部で1割前後なのだという。ところがここ数年、水道管の漏水事故に関するニュースをよく見かけるようになった。法定耐用年数を超えて使用されている水道管の割合は全国で2割以上に達しており、老朽化が大きな要因となっている。更新費用は膨大で、限られた予算の中での対応は難しく、全国の水道局の悩み種となっている。

◆大阪府和泉市で水道の給水装置の製造を手掛ける光明製作所は、2001年に水道工事で使われる仮設配管をレンタルする新規事業を業界で初めて展開。工事のコスト削減に貢献している。仮設配管は水道の工事中に周辺を断水させないためのバイパスとして設置されるが、一度使うと使い捨てにされていたという。同社は耐久性の高い配管を活用し、独自の洗浄殺菌システムを開発するなどしてリユースを実現した。施工もしやすく、工期の短縮や廃棄物削減につなげている。

◆「『使い捨てはもったいない』と取り組んだのが始まり。環境意識の高まりとともに需要が高まってきている」と金村哲志代表取締役は語る。このほかにもIoT技術を活用して遠隔で開閉ができるスマートバルブシステムの開発にも挑戦。人手不足が深刻な水道局をサポートするため、給水装置の製造だけでなく、設置までワンストップで提供するサービスの展開も検討中だ。実現すれば、水道事業の省力化が可能になる。水道の維持コストの増大はわれわれの生活にも大きな影響を及ぼす。
課題克服に向けて光明製作所の今後の活躍が期待される。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/13号)2026年  
  「買わない時代が、チャンスになる。」―中小企業に広がる新・成長のヒント

◆「家電は買って所有するもの」――そんな常識が、静かに、しかし確実に変わりつつある。近年広がるサブスクリプションやレンタル型サービスは、モノそのものよりも「使い方」や「体験」に価値を見いだす消費者意識の変化を映し出している。背景にあるのは、利便性やコスト意識の高まりだけではない。限りある資源を有効に使おうとする循環経済社会への転換も、大きな要因だ。

◆家電を中心に各種レンタルサービスを展開するレンティオ株式会社(東京都品川区)は、その潮流を捉え、急成長を遂げてきた。注目すべきは、同社が最初から大市場を狙ったわけではない点だ。一眼カメラのような競争の激しい分野ではなく、360度カメラや防水カメラといった「購入するほどではないが、使う場面はある」ニッチな需要に着目した。創業者の三輪謙二朗社長はこれを、「弱者が勝つための戦略」だと位置付ける。

◆この姿勢は、中小企業にとって大いに学ぶところがある。人手や資本が限られる中で、大企業と真正面から戦うのではなく、「誰の、どんな不便を解消するのか」を徹底的に掘り下げる。その問いへの答えが、独自のポジションを生む。さらに同社は、レンタル後のアンケートなどを通じて、利用者の声や「最終的に購入に至らなかった理由」といったデータを蓄積し、メーカーにフィードバックする仕組みを構築した。販売実績だけでなく、「買われなかった理由」にこそ次の商品開発のヒントがあるという発想だ。これは、製造業やサービス業を問わず、多くの中小企業が応用できる視点だろう。

◆変化の激しい時代において、過去の成功体験は必ずしも通用しない。だが一方で、顧客をよく観察し、小さな声に耳を傾け、柔軟にビジネスモデルを変えていく姿勢があれば、企業規模に関係なく成長の芽は見つけられる。
「所有」から「利用」へ――。この価値観の転換は、単なる消費トレンドではない。中小企業にとって、自社の強みを再定義し、新たな市場に踏み出す好機でもある。同社の成長は、時代の変化を読み取る力の重要さを示している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/28号)2026年  
  ~不透明な時代の中小企業の生き残り策~

◆今や日本を代表する大企業となったソフトバンクグループが“ベンチャー企業”だったころ、創業者の孫正義氏がベンチャーならではの苦労を取材でこう語っていた。「ベンチャー企業は貸出金利が6%、7%でも借りたいんですよ。でもベンチャーだと(銀行は)貸し渋ります」。当時は日本経済がバブル崩壊後の景気低迷に苦しんでいた時期で、今とは銀行の姿勢も違うが、小規模な企業が常に置かれている状況を象徴する言葉だ。

◆日本経済はいま、先行き不透明な時代に突入している。ウクライナ戦争や米国とイスラエルによるイラン攻撃などで世界情勢は不安定化しており、大企業ばかりでなく中小企業を取り巻く環境は一段と厳しくなりつつある。中小企業基盤整備機構が3月31日に発表した1~3月期の中小企業景況調査からはそんな兆候が見て取れる。調査は対象企業のうち約80%を小規模企業が占めており、日本経済の実態をより正確に反映している。

◆調査によると、全産業の業況判断DI(「好転」-「悪化」)は3期連続して低下し、マイナス幅が拡大した。産業別では製造業や小売業、卸売業が上昇したものの、弱含み傾向に変わりはなかったが、来期見通しは建設業を除くすべての産業で上昇し、明るい兆しが見え始めていた。

◆ただ、注意が必要なのは、これが3月1日時点の調査という点だ。イラン攻撃が始まったのは2月28日であり、この調査には事実上反映されていない。中東情勢の完全な沈静化はいまだ見通せず、原油価格の先行きも視界不良だ。野村総合研究所エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は「原油価格の上昇は価格転嫁がより難しい中小企業の収益を悪化させ、中小企業で働く人の雇用と賃金を抑制する。事態が改善しない場合には、経済活動は下振れリスクを強めていくと思われる」と指摘する。

◆「日本経済の主役」は圧倒的多数を占める中小企業だ。中小企業が弱体化すれば、日本経済も弱体化する。コスト構造の見直しや価格転嫁の工夫、デジタル化による効率化など課題は山積みだが、最も重要なのは「変化への対応力」だ。ソフトバンクグループもソフトウェアの流通会社としてスタートし、メディア・インターネット、通信事業、投資会社と時代のニーズに合わせて変化することで成長してきた。進化論で知られるダーウィンの「生き残るのは最も強い者でも、最も賢い者でもなく、変化に最も適応できる者だ」という名言を今こそ思い出すときだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/22号)2026年  
  ~最新技術を活用して伝統技術を守る~

◆越前和紙の歴史は1500年前までさかのぼる。福井県越前市のホームページによると、岡太川という川の上流に美しい娘が現れて、紙すきの技術を伝えたのだという。奈良の正倉院には越前産の最古の和紙が現存する。江戸時代には最高品質の紙の産地として幕府や領主の手厚い保護を受けて発展していった。伝承されてきた「越前鳥の子紙」という手すき和紙の製作技術は、ユネスコの無形文化遺産に登録されている。

◆山伝製紙は明治時代からこの地で和紙づくりを手掛けてきた。手すきの手法を機械化した機械すきで、美しい装飾を凝らした「美術小間紙」と呼ばれる和紙を製造。「ひっかけ」と呼ばれる伝統技法を得意としている。製造された和紙は包装紙や壁紙などに使われ、著名な日本酒のラベルや誰もが知る神社のおみくじなどにも利用されている。知らず知らずのうちに山伝製紙のつくった和紙を目にし、手にしている。

◆産地で「ひっかけ」技法の機械すきを続けているのは同社だけ。金型をつくる職人がいなくなり、手掛ける会社もいなくなった。その中で、これまで使ってきた金型を大事に修復しながら生産を維持してきた。8代目にあたる山口真史社長のもとには「ひっかけで新しいデザインの和紙をつくってほしい」という依頼がよく来るそうだ。だが、金型を作ることができず、泣く泣く断っていた。

◆「お客様がいる限りはひっかけを続けたい」と語る山口氏。伝統の技術を守ろうと、3Dプリンターを使った金型づくりにチャレンジしている。3Dプリンターでは、本来、真ちゅうでできている金型をプラスチック素材で再現する。試作を重ねているが、まだ金型に厚みがあり、真ちゅうのような繊細さが出せないのだという。「3Dプリンターの技術も日々進歩している。いつか追い付いてくれる」と山口氏は期待していた。DXというと効率性や生産性に目が行きがちだが、それだけではない大切な役割も担っていることに改めて気づかされた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/15号)2026年  
  ~一軸経営を超える勇気―ある中小企業の売上高100億円への手法~

◆売上高100億円を目指す――。多くの中小企業経営者にとって、高いハードルと映るかもしれない。しかし、広島県のTD Holdings(東洋電装グループ)の歩みには「中小企業らしい」成長の積み重ねが見えてくる。

◆同社の転機は、制御盤製作という既存事業の延長線上にあった。高速道路会社から持ち込まれた、非常電話や通信装置を含む新たな案件。品質要求は高く、中小企業には声がかからない分野だったが、発注額が小口だったことで挑戦の余地が生まれた。同社の桑原弘明社長は将来の事業環境の変化を見据え、「一軸経営への不安」から、まずは引き受けてみる決断をした。結果として売上は3億円から10億円へ拡大し、新たな基盤事業が育った。

◆次の挑戦は、事業承継型M&Aの活用だ。後継者不在に悩む同業企業を傘下に収める一方、統合にあたっては「できるだけ変えない」ことを重視した。社員の雇用や気持ちへの配慮が、PMI(統合後の経営)を成功させ、技術や人材の相乗効果につながった。M&Aは規模拡大の手段であると同時に、人を引き受ける覚悟が問われる経営判断でもある。数字よりも先に、企業文化をどう受け止めるかが成否を分けることを、この事例は教えてくれる。

◆同社が開設した「DX工場」も印象的だ。高額なシステムを一気に導入するのではなく、ノーコードツールを活用し、紙図面のデジタル化や工程の可視化から着手。しかも、外部に公開することで、自社の変化そのものを価値に変えている。DXは目的ではなく手段である。中小企業にとって重要なのは、「いきなり完璧を目指さない」ことと、「成果が見える一歩目」をつくることだ。

◆同社が掲げる「10億円規模の事業を10社育てる」という構想は、組織づくりのヒントにもなる。持ち株会社化により、若手に責任あるポジションを任せる仕組みを整え、人材育成と成長を同時に進めている。人口減少、人手不足が進む中で、成長戦略と人材戦略は切り離せない。社員の挑戦の場を増やすことが、結果として企業の成長耐性を高めていく。成長は「連続する小さな決断」の先にある。100億円企業への道は、一気に駆け上がるものではない。小さくてもいい。
次の一歩を踏み出す余地は、きっと身近なところにある。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/8号)2026年  
  ~高水温で育つサクラマスが救うのは~

◆もう30年以上前のことだが、釣り好きの上司に渓流釣りに連れて行ってもらったことがある。道具は竿と糸と針。浮きもリールもない、とてもシンプルな釣り方だった。「ポイント」と言われたところに向けて川上からゆっくりと針先を流し込む。餌は岩の裏についたカワゲラやトンボの幼虫。釣り以上に川虫取りが面白かった。そんなことを繰り返しているうちにようやく魚がヒットした。ほとんどはハヤ(オイカワ)だったが、1匹だけヤマメが釣れて感動したことを思い出す。

◆ヤマメは「渓流の女王」と称される。体の側面にパーマークという独特の美しい模様があることがその理由なのだそうだ。ヤマメには川に残るタイプと海に降りるタイプがいて、海に降りるとサクラマスに成長して帰ってくる。サクラマスに成長すると、体のパーマークは消え、銀色に変色する。これを「銀化」という。

◆宮崎大学発ベンチャーの株式会社Smolt(スモルト)は、長年にわたって大学で研究してきたサクラマスの養殖技術を事業化した会社だ。通常18度以下の冷たい環境で生息するサクラマスの選別と交配を重ね、高水温の環境でも育つ個体に品種を改良。暖かい海でのサクラマス養殖を広げる取り組みを展開している。大学で養殖技術を学んだ代表取締役CEOの上野賢氏が2019年に起業。
社名は「銀化」を意味する英語からとった。

◆改良されたサクラマスは20度以上の海水温でも元気に泳ぎ回る。「今では22度の水温でも大丈夫。自分も驚いているが、23度でも大丈夫だった」と上野氏。通常のサケ・マスではとても生きていけない温度だ。九州や四国の養殖事業者が同社の技術を導入してサクラマス養殖にチャレンジ。地域ブランドも生まれている。

◆地球温暖化による海水温の上昇は漁業に深刻な影響を与え、今まで普通に養殖できた魚が育てられなくなっている。
激変する環境下でも安定的な養殖事業が期待できる。それは日本の食文化を守ることにもつながる。Smoltの今後の活躍に注目が集まる。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/1号)2026年  
  ~廃棄物の山から始まる未来 課題解決に成長の機会が生まれる~

◆北海道最北の村・猿払村は、豊かな海産資源に恵まれ、特にホタテ漁で知られる水産業の町だ。しかし、この恵みの裏側には深刻な環境課題が横たわっている。ホタテ加工後に大量に発生する貝殻は再利用手段が確立されず、海岸には山積みとなった貝殻が放置され、地域にとって長年の悩みの種になっていた。こうした“行き場のない資源”は、処理コストや異臭、景観の悪化といった課題を生み、漁業が盛んな地域ほど負担が重くなる。まさに猿払村もその典型例であり、解決策が模索され続けていた。

◆北海道・猿払村の海岸に積み上がるホタテ貝殻。その光景を初めて見たとき、大阪でプラスチックの射出成形加工を行う甲子化学工業の南原徹也企画開発部長は「誰も解決策を考えていない課題が、ここにある」と直感したという。従来であれば廃棄するしかなかった貝殻。しかし、それを粉砕して素材化すれば、プラスチックより温室効果ガス排出量を抑えられる――この“未利用資源の可能性”に同社は賭けた。

◆同社が“社会の困りごとを起点にものづくりをする”という姿勢を確立した背景には、新型コロナウイルス感染症の流行時の経験がある。医療機関で感染防護資材が不足していた2020年前後、同社は大阪大学と東大阪市のフェイスシールドプロジェクトに参画。工場に専用ラインを設置し、10万個ものフェイスシールドを製造して全国の指定感染症医療機関へ寄付した。この取り組みは大きな反響を呼び、世の中の役に立つ製品づくりが企業と従業員の大きな誇りとなった。

◆同社が取り組んだホタテ貝殻素材は、万博で採用されたヘルメットやベンチとして姿を変え、来場者の目に触れることで「廃棄物が新たな価値に生まれ変わること」を象徴する存在となった。GX(グリーントランスフォーメーション)とは再エネへの転換だけではない。「地域が抱える課題を発見し、技術と創意で持続可能な形に変える」。まさにそれを体現したプロジェクトといえる。猿払村の海岸に積まれた“問題の山”から始まった事業は、未来の産業と社会を形づくる“資源の山”になりつつある。課題の中にこそ、次の成長を生む可能性が眠っている。甲子化学工業の事例は、それを証明している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/25号)2026年  
  ~将棋、医療、経営にもAI 実はコラムも?~

◆今から30年前の1996年、将棋の羽生善治氏は「AIが棋士に勝つのはいつか」との問いに「2015年」と答えた。七大タイトルを独占していた最強棋士の“読み”はほぼ的中した。2013年にAIが現役棋士に初勝利。2017年には当時の名人を破った。今では藤井聡太氏をはじめ、多くのトップ棋士がAIを駆使して腕を磨いている。

◆AIが初勝利を挙げた頃、「がんの放射線治療にもAIを活用できないか」と考えたのが、東北大学で放射線腫瘍学を研究していた角谷倫之氏だ。放射線治療は患部を切除せず体への負担が小さい一方で、治療計画策定に6時間ほどを要することや、医師の経験値によって治療精度に差が生じる可能性があるといったデメリットも。こうした課題をAIで解決しようと研究を進め、2022年3月にアイラト(仙台市青葉区)を設立。
放射線治療計画AI支援ソフトウェアを開発した。

◆その結果、治療計画の作成時間は約20分に短縮された。さらに、AIが過去の良好な治療データを学習することで医師の経験差によるバラつきも抑えられるという。医師不足や地域医療格差の是正にもつながる可能性を秘める。現在は2号機、3号機の開発も進めており、対応部位の拡大とさらなる時間短縮を目指す。昨年12月の第25回JVA(中小機構主催)で科学技術政策担当大臣賞に輝いた角谷氏は「世界のがん患者を救える革新的な技術を」と力強く語った。

◆医療のような高度分野だけではない。AIの波は、企業経営の世界にも広がりつつある。中小企業支援の分野でもビジネスマッチングやSWOT分析などで本格的に導入しようとの動きがある。本コラムも実はAIの助けを借りている。まだ添削段階にとどまっているが、いずれ全文を任せる日が来るのかもしれない。
そのとき署名は「AI編集子」だろうか。もっとも、最終的な責任を負うのは人間であるべきだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/18号)2026年  
  ~生成AIを経営に生かす~

◆「チャッピー」。ChatGPTのことを若い人たちは、親しみを込めてこう呼んでいる。2025年の新語流行語大賞にノミネートされて知ったが、AIに程遠そうな知人までも「チャッピー」と言い出して、ひっくり返ってしまった。世の中にすっかり浸透し、人生の悩みの相談相手にしている人もいれば、「ChatGPTと結婚した」という人まで現れている。

◆ChatGPTをはじめとする生成AIの進化はとどまるところを知らない。文書の作成や翻訳、プログラミング、画像・音声も生成する。ビジネスの世界にも急速に浸透。ユーザーの指示で作業をしていた「アシスタント」としての役割から、人の代わりに自ら物事を判断して作業をこなす「エージェント」へと生まれ変わっている。

◆石川県津幡町で建設機械などの部品を製造する岡田研磨株式会社は、生成AIの活用にいち早く取り組んでいる。その牽引役となっているのが専務の岡田雄太氏だ。もともとプログラミングの技術は持ち合わせていなかったが、AIの活用にチャレンジ。さまざまな業務アプリを自身で作り上げ、会社の効率化につなげている。

◆「こういうシステムを作りたい」「こう処理してほしい」。そう日本語で伝えると、生成AIはその言葉を理解し、プログラミング言語に“翻訳”する。何度も対話を重ねながら機能をブラッシュアップしてアプリを完成させる。
「対話を重ねる中で、生成AIが先生のような感じになって、技術を吸収できるようになった」と岡田氏は話していた。

◆品質管理や温暖化対策などはサプライチェーン全体での対応が必要となっている。発注元が求めるデータを提供できなければ、取引関係を構築することが難しくなる可能性もある。岡田氏は生成AIを活用する力を身につけておくことで、取引先のニーズに即応できる体制づくりを目指している。生成AIを活用できる人材をどう確保するか。今後の中小企業経営を左右する重要テーマになっている。(編集子)
 
 
  e-中小企業ネットマガジン(3/11号)2026年  
  ~雪国の暮らしを守る中小企業の挑戦~

◆今年の冬、北海道から東北、北陸にかけて記録的な大雪が続き、地域の暮らしは深刻な影響を受けている。札幌市では1月下旬に積雪が110センチを超え、21年ぶりの高さを記録し、江別市でも短時間で30センチ以上の重い雪が一気に降り積もって交通網が麻痺した。さらに青森・酸ヶ湯では積雪が観測史上1位に達するなど、雪国の住民は生活インフラの混乱に追われている。

◆降雪時に欠かせないのが除雪作業だ。道路に積もった雪を取り除き、人々の暮らしを守らなければならない。北海道石狩市の関工業株式会社は、除雪作業に不可欠な除雪ブレードの専業メーカー。除雪ブレードは、除雪車の前部に取り付けて、雪を掻き出す役割を果たす。同社は複数のブレードを組み合わせて形状を変えられる独自構造の「マルチブレード」の開発に成功した。粉雪や凍った雪などさまざまな雪質に対応できることから、作業者に喜ばれ需要が急拡大した。

◆しかし好調の裏で、不良率の上昇やロボットの稼働率低迷など、生産現場には旧来の“町工場体質”が残っていた。繁忙期の残業も過剰で、同社の関浩一社長は「このままでは持続的成長は難しい」と危機感を抱いた。
そんな中、主要取引先から「ISO9001取得か、TQM奨励賞への挑戦」を促され、関社長はあえて中小企業にとってハードルの高いTQMを選択した。

◆最初は社員の反発もあったが、なぜTQMが必要なのかを粘り強く説明し、多能工化や資格取得の促進、QCサークルの活性化などを進め、社員が「自ら考え改善する」文化を根づかせた。その成果として、不良率低減、生産の平準化、残業減少、利益率向上を実現。2022年に北海道の中小企業として初めてTQM奨励賞を受賞した。関社長が受賞後に最初に行ったのが賃上げ。社員の頑張りにまず報いたいと考えた。現在も5%前後の昇給や賞与増を継続している。2025年からは全社員に米30kgを配布する制度も導入し、従業員満足度を高めている。

◆同社は除雪作業者の負担を減らす樹脂ブレードの研究にも着手している。これらはすべて、雪国の暮らしを支える使命感の表れと言える。厳しい冬が続く北海道で、関工業は「地域の生活を守る製品を北海道から届け続ける」という覚悟を胸に、これからも雪国のインフラを支え続けるだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/4号)2026年  
  ~“御食国”淡路島から生まれた生パスタ革命~

◆イザナギノミコトとイザナミノミコトによる国生み神話で最初に誕生したとされる淡路島は、塩や海産物などを朝廷に献上する「御食国(みけつくに)」と呼ばれていた。古来より食材の宝庫として重要視されてきた島で今、新たに注目されているのが生パスタだ。製造しているのは「日本のパスタ文化に革命を起こす」という壮大なビジョンを掲げる淡路麺業(兵庫県淡路市)である。

◆1909年創業のうどん店をルーツとする同社は戦後、製麺業を本格化。しかし、バブル崩壊で売り上げは減少し、さらに1998年の明石海峡大橋開通で本州から安価な麺が流入すると経営環境は一段と厳しさを増した。そうしたなか、父親の跡を継いだのが5代目社長の出雲文人氏だ。「世の中にないものを作ろう」と出雲氏は、うどんに限らず、いろいろな麺の食べ歩きを続けた。そんな折、パスタを食べた出雲氏は「うどんやそば、ラーメンの主流は生麺なのに、なぜパスタは乾燥麺が主流なのか?」との疑問を抱いた。ここから生パスタづくりへの挑戦が始まった。

◆500回以上の試作の末、2007年11月に生パスタが完成。長年のうどんづくりで培ったノウハウを練り込んだ生パスタには、乾麺にはない風味とモチッとした食感があり、パスタだけを食べても「おいしい」と実感できる。翌月には神戸・三宮の飲食店が使用を決定。それを皮切りに取引先は増え続け、今やファミリー向けイタリアンレストランから五つ星ホテル、著名シェフのレストランなど全国約3500店舗に生パスタを供給するまでになった。

◆かつて同社を苦境に追い込んだ明石海峡大橋を渡って生パスタは日本各地に発送され、本社併設の直営レストランには島外からも多くの客が訪れてコシと弾力のある生パスタに舌鼓を打つ。「御食国」と呼ばれた島で育まれた麺づくりのDNAが、時代を超えて「日本のパスタ文化に革命を起こす」という挑戦へと結実した。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/25号)2026年  
  ~カワウソの里から生まれた世界の日本酒 獺祭~

◆カワウソはかつて日本に広く分布していた動物だ。ニホンカワウソという固有種がいたが、1979年に高知県で目撃されたのを最後に生存が確認されず、環境省が2012年に絶滅種に指定した。乱獲や護岸工事などの開発が原因とされている。

◆絶滅したはずのカワウソだが、ここ数年、生存の可能性が指摘されるようになった。長崎県対馬では2018年に生存が確認され、2024年にもその痕跡がみつかった。韓国に生息しているカワウソと遺伝的に近いことが分かり、漂着して対馬にたどり着いたと考えられている。最後に目撃された高知県や県獣に指定している愛媛県では生存を信じ、今も絶滅危惧種として扱っているそうだ。

◆左党であれば、誰もが知る日本酒の超人気銘柄「獺祭(だっさい)」。
「獺」はカワウソという漢字だ。本社が所在する岩国市の地名「獺越(おそごえ)」の一字と、詩文をつくるときに多くの書物を広げるようすを指した故事成語から名付けたという。本社の前を流れる川にはかつてカワウソが元気に泳ぎ回っていたのかもしれない。2025年には社名を旭酒造から獺祭に変更した。

◆伝統の杜氏制度をやめ、データ重視の酒造りを追求。業界を打ち破る手法で純米吟醸酒に挑戦し、世界に名だたるブランドに育て上げた。「データをとることでブラックボックス化されていた杜氏の技術が『見える化』された。それがいい方向に進んだ」と四代目の桜井一宏社長は語る。獺祭が誕生した1990年はDXという言葉もなかった時代。名の由来となった故事成語さながら、当時はデータや資料を広げ、試行錯誤を繰り返しながら開発にあたったのだろう。

◆成長の秘訣について桜井氏は「やってできる失敗を繰り返すしかない」と話す。失敗しても許容する。方向転換しながら成長の道筋を切り開く。“命”にかかわる失敗はしない。今後の飛躍的な成長を目指す中小企業の経営者にも心に留めておいてほしい言葉だった。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/18号)2026年  
  ~若き後継者、環境技術で挑む~

◆古くから刃物の町・関市、美濃和紙の産地・美濃市、木工産業が集積する飛騨地域など、多様な地場産業が根づく岐阜県は、「素材加工」と「匠の技」を強みにした日本有数のものづくり県として発展してきた。中でも、製造現場の心臓部ともいえる工作機械は、あらゆる産業の“マザー装置”として機能しており、その部品製造は高精度と信頼性が求められる重要工程だ。精密加工や表面処理分野でも中小企業が高い技術力を培い、全国の製造業を支えてきた歴史がある。

◆加茂郡富加町の豊実精工株式会社は、精密加工・組立・表面処理を一貫して担う希少な企業として独自の存在感を築いてきた。2025年4月に社長に就任した今泉亮太郎氏は、父である前社長の築いた事業基盤を引き継ぎながら、新規技術を核とした事業変革を進めている。精密加工・組立・表面処理といった既存事業に加え、完全クロムフリーのコーティング技術「ERIN(エリン)」事業や燃料電池関連事業を次の柱とする構想を掲げ、環境技術を成長エンジンとする体制整備に取り組む。ERINは、六価クロム規制への対応として注目され、県内ものづくりの新たな可能性を示している。

◆今泉社長は、幼少期から周囲に後継者として期待されつつも、大学時代は進路に迷った時期もあったが、入社後、経営者としての自覚を徐々に固めていった。転機は、同社が生産拠点の多角化を狙い進めたベトナム工場の立ち上げ。現地責任者として資金調達、人材採用、顧客開拓まで幅広い業務を担い、試行錯誤を重ねながら4年で事業を軌道に乗せた経験は、若手経営者としての自信と覚悟を培った。その後、帰国して機械加工部門の立て直しを主導し、生産性向上のためベトナム人材の投入、赤字受注の見直し、3S活動の徹底など、現場改革を推し進めた。

◆現在、同社は国内外9拠点を展開し、100億円企業を目指す「100億宣言」に沿った成長路線を歩む。環境配慮技術を軸に、岐阜県のものづくりの伝統を継承しながらグローバル市場へ挑む姿は、地方製造業の新しいモデルとなるものだ。若き後継者が描く成長のグランドデザインは、地域産業の未来にも影響を与えつつある。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/10号)2026年  
  ~老舗メーカーの“大回転”~

◆2月6日、イタリアのミラノとコルティナダンペッツォで冬季五輪が開幕した。
二つの都市による共同開催は初めてで、このうちコルティナダンペッツォは70年前の1956年にも大会を開いている。この大会で日本人初の冬季五輪メダリストとなったのがアルペンスキー回転で銀メダルを獲得した猪谷千春氏だ。ただ、世界の視線を最も集めたのは、回転を含むアルペン3種目で金メダルを独占したトニー・ザイラー氏だった。

◆引退後に俳優へ転身したザイラー氏は、映画「白銀は招くよ」などで主役を演じ、日本にも何度か訪れている。その際に絶賛したのがシナノ(長野県佐久市)製造のスキーポールだった。1919年創業の同社は戦後にスキーポールの専門メーカーとして歩み、空前のスキーブームに沸いた1990年には年間出荷数が100万組を超えた。しかし、バブル崩壊でスキー人口が急減。経営は一転して危機へと“滑降”していく。

◆ここでシナノが挑んだのがスキー依存からの脱却という“大回転”だった。すでに商品化していたトレッキング用ポールに加え、高齢化社会の到来を見据え、歩行杖とウォーキング用ポールの市場へ参入。ポールメーカーとして長年培ってきた「支える技術」を生かし、とくに「杖のグリップ部分のフィット感や操作のしやすさにつながっている」(柳澤光宏代表取締役)という。多角化は奏功し、なかでも歩行杖は同社最大の売り上げ比率を占める主力商品となった。

◆地元・佐久市は、平均寿命が長く、元気な高齢者が多い「健康長寿のまち」として知られる。そんな土地で健康・福祉関連の製品づくりを担うことになったシナノ。スキーやトレッキングを楽しんだ子どもや若者が、中高年になって健康維持のためにウォーキングを行い、やがて杖を手にする-。ライフステージに合わせた「人生の半世紀にわたるお付き合い」を目標に掲げ、同社はこれからも「健康長寿のまち」発の技術と製品で人々の暮らしを支えていく。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/4号)2026年  
  ~“麺王国”の新たな魅力を発信~

◆山形県は、「麺王国」を自負している。山形市はラーメン消費額で3年連続の日本一となり、米沢市や酒田市など県内各地には独自のラーメン文化が発展している。家にお客さんが訪れると、ラーメンを出前してふるまうのが当たり前なのだそうだ。ラーメンだけではなく、「そば」もまた独自の食文化を育んでいる。通常のせいろ2つ分の大きさがある長方形の木箱に、太く、こしのある蕎麦を盛った「板そば」、鶏肉をトッピングし、冷たいつゆをかけた「冷たい肉そば」も絶品だ。

◆西川町で乾麺・生麺の製造を手掛ける有限会社玉谷製麺所は、桜の花や雪の結晶、将棋の駒などをかたどったアートなパスタを製造し、新たな需要を獲得している。創業は1949年。うどん、そば、冷や麦、素麺など幅広い麺を製造している。ところが東日本大震災の風評被害に直面した。そこで「いままでにない麺をつくろう」と地元の異業種連携プロジェクトに参加し、アートパスタの開発が始まった。

◆玉谷貴子専務によると、商品化するまでは苦労の連続だったそうだ。イタリアのメーカーに金型を発注し、いざ作ってみると、形が歪み、うまく茹で上がらない。「試行錯誤の末、生地の製法にそばやうどんのエッセンスを加えたところ、うまく茹でることができた」という。技術を確立したことで注文に応じて、いろいろな形状のアートパスタを製造できるようになった。

◆特に桜の花の形をした「サクラパスタ」は外国人に好評で、インバウンドの消費拡大に寄与する国産加工食品として大きな期待が寄せられている。桜色の着色には地元でとれたビーツという野菜を活用した。このほか、サクランボやラ・フランスなど地元の果物、育ち過ぎて市場に出せない野菜などを積極的に利用した商品も提案する。
「世の中には、『もったいない食材』がたくさんある。こうした食材に新たな価値を創造できるような会社でありたい」と玉谷氏。麺王国の新たな魅力を発信している。
(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/28号)2026年  
  ~共創の場 ベツイチ・ベツナナ~

◆中小企業庁が拠点を構える経済産業省別館は、水平ラインを強調した連窓方式の横長の建物。城山三郎が通商産業省(現経済産業省)を舞台に描いた書籍『官僚たちの夏』の表紙に登場したことでも知られる。重厚感漂うたたずまいは、一般市民には入りづらい印象を与えることもあるようだ。そんなところに昨年誕生したのが、対話や共創の場を目的とした「ベツイチ」と「ベツナナ」だ。

◆「ベツイチ」は建物1階にあり、オープンな共創スペースとカフェが配され、誰でも自由に利用できる。「ベツナナ」は7階にある会員制の共創空間。ラウンジスタイルで時には食事やアルコールが提供されることもあり、堅苦しい役所の中とは思えない雰囲気がある。経産省職員と民間企業、研究者、地方自治体関係者などが連携したプロジェクトやイベント、ワークショップなどを開催する場として活用されている。いずれも運営は蔦屋書店などを展開するカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社が行っている。

◆ベツナナで昨年12月に多くの中小企業経営者が集うイベントが開催された。
大阪・関西万博で中小企業庁と中小機構が共催した体験型展示「未来航路-20XX年を目指す中小企業の挑戦の旅-」に参加した企業の代表36社・49名による交流会だ。未来航路は万博終盤の10月3日から7日に開催され、大盛況となった。交流会は、万博での思い出を語り合うとともに、各社が今後の成長に向けて課題や決意を表明する場ともなった。

◆ベツナナにある椅子や机は自由に配置が変えられるもので、交流会に参加した企業経営者らは、最初は一定の間隔を空けて座っていた。それが、時間が経ち議論が活発になると、椅子を寄せ合い、肩が触れ合うほどの近い距離で話し込む姿があちらこちらで見られた。まさに共創空間が実現されていた。万博で始まり、ベツナナでつむがれたつながりは、やがて新しい価値を生み、日本の未来を形づくる力になる。共創の物語の行方に期待したい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/21号)2026年  
  ~門前町の老舗が変えた「当たり前」~

◆今年の正月三が日にも多くの初詣客が訪れた成田山新勝寺(千葉県成田市)。
「お参り月」である1月中は参詣客が絶えず、2月3日には大相撲の力士やNHK大河ドラマ出演者らが参加する恒例の豆まきも行われる。新勝寺周辺は一年で最もにぎわう時期を迎えている。その表参道に店を構える米屋(よねや)は新勝寺と深い縁を持つ老舗だ。創業者の遠祖が戦国時代、ご本尊の不動明王像(お不動さま)を隣村から自身の屋敷に遷したと伝えられ、その屋敷跡は米屋総本店の敷地内に「お不動様旧跡庭園」として受け継がれている。

◆参詣客向けの土産物として製造・販売している和菓子の一つがどら焼きだが、その製造工程には長年の課題があった。生地を焼く銅板には付着物が徐々に堆積するため、3日に一度は苛性ソーダによる洗浄が必要だった。しかし洗浄後、半日ほどは焼き具合が安定せず、その間に生じた不良品は廃棄処分に。製造部長の渋谷敦氏は「不良品はできて当たり前」と諦めていた。

◆転機となったのは、コロナ禍に補助金申請の支援を受けた千葉県よろず支援拠点との出会いだった。洗浄後の不良品についても相談したところ、レーザー照射によって銅板の付着物を除去する手法が提案された。その後、半年ほどかけてデータを収集・解析し、適度な焼き具合を安定的に実現できる照射条件を検証。その結果、銅板で焼く工程での不良品はほぼゼロになった。この取り組みは千葉県の先進的デジタル技術活用実証プロジェクト補助金を活用したもので、レーザー照射による洗浄手法は米屋に限らず、県内の他の中小企業も導入できる。

◆新勝寺のお不動さまは人々の心の迷いや煩悩を取り除き、すべての人を救うとされる。そんなお不動さまと約450年前から深い関わりを持つ米屋。「不良品はできて当たり前」と思われてきた現場の常識を覆した同社のDXは、同様の課題を抱える企業にとっても確かな指針となるに違いない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/14号)2026年  
  ~「高尾山だけじゃない!」多摩西部山間エリアの魅力発信~

◆東京都八王子市にある高尾山は世界トップクラスの登山者数を誇る。年間で約300万人もの人が訪れるそうだ。標高は599メートル。決して高い山ではないが、初心者でも気軽に登山を楽しむことができるところが大きな魅力となっている。ミシュランガイドで「三つ星」に指定されて以降、インバウンドの大人気スポットとなり、良し悪しは別として、「日本人よりも訪日客のほうが多い」ということも少なくないのだという。

◆高尾山よりもさらに西、多摩西部の山間エリアにも魅力を持った観光スポット
が数多く存在している。秋川や多摩川の清らかな渓流でのラフティングや湖
でのカヤック、緑豊かな山道を走り抜けるサイクリング…。そんな地域の魅力
を発信しようと、青梅市や奥多摩町、日の出町など6市町村を中心とした事業者
がタッグを組み、「WILDERNESS TOKYO(ウィルダネス東京)」という組織を
結成。インバウンド誘致のツアー企画にチャレンジした。

◆それぞれの事業者は規模が小さく、情報発信力も、資金も乏しい。そんな
事業者同士が連携し、「点」をつないで「面」をつくることで、地域の魅力を
高める戦略だ。旗振り役となったのは、東京・立川で地域コンサルティング
などの事業を手掛ける株式会社グッドライフ多摩常務の高木誠氏。「地域間の
事業者の交流が少なく、一体感がなかった。だが、それぞれみな共通の問題
意識を持っていた。一度話し合ってみたら」と2017年に声かけしたことが始
まりだった。

◆事業者の間で始まった草の根の活動だったが、やがて、大きなうねりとなり、
地域を大きく動かした。地域の商工会議所や商工会などが手を取り合い、2025年
4月に新たな連携組織「東京多摩西部広域経済連携協議会(TTW)」を立ち
上げた。協議会では、地域活性化に向けて「ウィルダネス東京」の取り組みを
推進している。キャッチフレーズは「東京の西には、もう一つの“東京”が
ある」。高尾山だけではない、東京の「西」の魅力が開花している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/24号)2025年  
  ~人を想う経営が生む、未来への灯り~

◆街がイルミネーションに彩られる12月24日、日本の多くの家庭の食卓には、フライドチキンと苺のショートケーキが並ぶ。クリスマスにショートケーキを食べるのは、日本だけの習慣という。ドイツやオランダでは、ドライフルーツ入りのケーキ「シュトーレン」、フランスでは「ブッシュ・ド・ノエル」と呼ばれる丸太型のチョコケーキが伝統的なクリスマスのお菓子とされている。
なぜ日本ではショートケーキなのか。紅白がおめでたいからや、大手菓子メーカーがキャンペーンとして始めたからなど諸説あるようだ。

◆静岡県浜松市で電気設備工事を手掛ける松川電氣株式会社は、毎年クリスマスイブの日に、すべての従業員と協力企業にクリスマスケーキを贈っている。小澤邦比呂社長は「家族でおいしいケーキを食べながら楽しいひと時を過ごし、家族の絆を一層深めてもらいたい」との思いで始めたのだという。小澤社長はクリスマスが終わると、社員の子どもたちから送られるお礼の手紙を読むのを楽しみにしている。

◆同社はこのほかにも、桃の節句やこどもの日など季節の行事にちなんだお菓子にメッセージを添えて贈っている。また、実質的な定年制廃止、育英資金制度、傷病手当の100%支給、年代別特別有給休暇・ボランティア特別休暇の付与など、中小企業では類を見ないような充実した福利厚生制度を設けている。
いずれも「社員が幸せでないと良い仕事をお客様に提供できない」との考えからだ。

◆「人を大切にする」経営を実行できるのは、同社が高い技術力で取引先から評価され、適正価格で仕事を受注しているからに他ならない。営業担当者にはノルマを課さず、値引き営業も認めていない。高い技術力を評価してもらい、それに見合った適正価格で仕事を受注することを徹底させている。一方で、技術力向上のために資格取得の支援や研修制度を充実させている。社員が安心して働ける環境は、責任感とチームワークを生み、結果として顧客に選ばれる高品質なサービスへとつながっている。

◆クリスマスイブに思い出したいのは、企業もまた「人のつながり」で成り立っているということだ。社員を想い、顧客を想う経営は、社会に温かな光を灯す。経営の現場にも、サンタクロースのような心配りを――そんな願いを込めて、今年のイブを迎えたい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/10号)2025年  
  ~「心の目」を開き、課題の本質を見抜く~

◆群馬県高崎市といえば、だるまで知られている。日本一の生産量を誇り、年間90万個が出荷されているという。起き上がりこぼしになっていて、倒れてもすぐ起き上がる。願掛けの縁起物として古くから親しまれてきた。最近はインバウンドの土産物としても人気になっているようだ。

◆だるまに願掛けをする時には「眼入れ」をする。高崎だるまの場合は、まず左(向かって右側)の眼から入れるのが正しいとされているが、群馬県達磨製造協同組合のホームページを見ると、「実は順序に決まりはない」となっていた。願いが成就すると、右の眼を入れて感謝する。「眼入れ」は「心の目の開眼を表現したもの」で、「だるまに魂を入れる行為」と強調していた。

◆2024年に課題設定型支援の実践研修に臨んだ高崎商工会議所の経営指導員と経営支援員は、研修を通じて「心の目を開く」ことの大切さを学んでいた。課題設定型支援では、経営者や従業員との「対話と傾聴」を重ねながら水面下にある経営課題を掘り起こし、見つけ出す。経営者が課題に向き合い、自ら解決に取り組むよう導く支援手法を実地で習得する。

◆当時、経営指導員として研修に取り組んだ大友雄太氏は、当初、「経営者が気づいていなかった課題を見つけ出さなければいけない」と考えていたという。だが、課題の本質は、経営者自身が以前から課題として感じていたことの中にあると分析し、経営者に提示した。指摘を受けた経営者は、先送りしていた課題に真剣に取り組むようになった。

◆不思議なもので「心の目」が開いていないと、見えているのに見なかったことにしてしまうことがある。一方で、開いていると、見えているものの、さらに奥底にあるものまで見通すこともできてしまう。経営者の「心の目」を開かせることは、課題設定型支援の重要なポイントだ。加えて、だるまは七転び八起き。どんな困難にも立ち直る忍耐力を象徴している。高崎だからこそだが、そんな相通じるものを感じた。
(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/3号)2025年  
  ~東北発、水上ドローンで社会課題に挑む~

◆全国でインフラの老朽化が深刻化するなか、下水道管路の安全な点検手法の確立は急務だ。埼玉県八潮市で発生した下水管破裂による道路陥没事故は、尊い命を奪っただけでなく、周辺住民の生活にも長期的な影響を与えている。国土交通省によれば、老朽化した下水道施設の延長は2050年には17万キロメートルに達すると見込まれ、自治体では効率化と省人化に資する新技術の導入が進んでいる。従来の点検は人手による巡回や潜水作業が中心で、事故リスクや作業負担が課題となっており、現場負担を軽減し危険区域への立ち入りを抑える新たな手段が求められている。

◆こうした課題に挑むのが、岩手県滝沢市のスタートアップ、炎重工株式会社だ。創業者の古澤洋将氏はロボット開発の経験を持ち、東日本大震災を機に「地元に雇用を生む製造業をつくる」という思いを強め、2016年に創業した。同社が開発した小型水上ドローン「Swimmy Eye」は、マンホールから投入可能な全長62センチメートルの機体で、汚水や硫化水素が漂う過酷な環境にも耐える設計が特徴だ。現場での操作性を重視し、4Kカメラによる高画質映像で遠隔点検が可能なため、作業の安全性と効率性を大幅に向上させている。

◆この技術は自治体関係者から高く評価されており、大阪・関西万博では、水上ドローンを活用した先進的なインフラ点検技術や水辺での搬送手段として展示され、多くの来場者の関心を集めた。水中や管路内という難易度の高い領域に特化した技術は、老朽化するインフラの維持管理だけでなく、河川や港湾、排水施設など多様な水域環境への応用も期待される。

◆古澤氏は社名を、東北を舞台にした大河ドラマ『炎立つ』から着想を得て、「地域から強く立ち上がる」という思いを込めて名付けたという。『炎立つ』が描いた東北の歴史は挑戦と変革の物語だった。現代の東北でも、同社が新しい「炎」を立ち上げた。地方発の技術企業として、社会課題を起点に現場ニーズを的確に捉えた製品開発を進める同社の挑戦は、老朽化インフラに直面する各地域にとって貴重な解決手段となるだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/26号)2025年  
  ~“天下統一”を支える右腕の力~

◆来年のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」は、兄・秀吉の右腕として知られる豊臣秀長が主人公だ。行動的な秀吉とは対照的に、秀長は冷静沈着で、温厚かつ誠実な人柄だったという。家臣たちの不満や要望を取りまとめる調整役としての手腕も高く評価された。秀長の死後、朝鮮出兵など秀吉の独断専行が強まり、「秀長が生きていれば豊臣政権はもっと長く続いた」と言われるゆえんである。

◆企業経営においても、右腕の存在は欠かせない。京セラ創業者・稲盛和夫氏は著書の中で、ナンバー2(=右腕)の条件として「人柄」を最重要視している。経営者と部下の双方に思いやりを持てることが求められるポジションだからこそ、たとえ能力面で不足があっても、誠実な人物を選ぶべきだと説く。

◆保育園運営などを通じて女性の活躍を応援するスタイルクリエイト(福岡市)の創業者・麻生有花氏もまた、「人格者」を条件に右腕探しを進めた。2015年の会社設立から数年で保育園を3園運営し、従業員も40人規模へと拡大した一方で、従業員教育などの課題が表面化。「右腕が必要だ」と痛感していた折、知人の経営者から「右腕は人格者がいい。誰からも悪く言われない人を探しなさい」と助言を受けたという。

◆社内を見渡すと、条件に合う一人の女性がいた。当時は週3回勤務のパート保育士だった古澤由紀氏だ。麻生氏はすぐに近くのカフェに呼び出し、「プロポーズする気持ち」で園長就任を打診。その申し出を古澤氏も快諾し、晴れて右腕となった。現在は役員として保育事業部門を統括している。

◆パートから園長という異例の抜擢だったが、社内に反発はなかった。「まさに彼女が人格者だったから」と麻生氏。以後、女性の創業支援やリスキリング事業など新たな取り組みを次々と始め、今年は“全国展開元年”として埼玉県内の保育園を取得した。福岡から“天下統一”を目指す麻生氏を右腕・古澤氏が支え続けていく。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/19号)2025年  
  ~微生物パワーで食品廃棄物を資源に~

◆農林水産省の推計によると、令和5年度(2023年度)の食品産業全体の食品廃棄物の年間発生量は、1426万トンに上っているという。食品リサイクルの取り組みが進み、10年前に比べて発生量は500万トン以上も減少したそうだ。このうち90%がリサイクルされているが、用途別の実施量の内訳をみてみると、76%が家畜の飼料、15%が肥料となっていた。大半が肥料や飼料として再利用されている食品廃棄物だが、微生物の力を借りることでより付加価値の高い「資源」を作り出すことができる。

◆千葉県船橋市に本社を置くスタートアップ企業、株式会社ファーメンステーションは、製造過程で排出される食品残渣や副産物、規格外の農産物などから、微生物の発酵パワーを巧みに駆使して、機能性の高い素材を生み出す事業を展開している。「例えば、コーヒーを抽出した後の残りかすからも発酵の技術で、ミルクの香りがする成分を作り出すことができる」と代表取締役の酒井里奈氏は説明する。

◆家庭から出るごみとは違い、事業系の食品廃棄物は単一で異物が混ざっていない。しかも大量に排出され、管理もしっかりしている。機能性素材を取り出しやすい状態になっている。このため、酒井氏は「廃棄するものではなく、有効に活用されていない未利用資源」と言い切る。大手企業もその技術に注目。ゆずの加工工程で排出される搾汁粕から開発された保湿成分がボディケア商品に採用されるなど、すでに多くの実績をあげている。

◆微生物によって生み出されるのは天然由来の素材だ。われわれが利用している食品や化粧品の中には、石油由来の素材が少なからず使われているが、環境や健康意識の高まりとともに天然由来の素材を求める消費者のニーズは高まっている。ファーメンステーションでは、未利用資源の活用のすそ野を広げるため、自社のデータを公開している。調べてみると、これまで肥料や飼料として処分していたものから、新たなビジネスの種になる「お宝」を見つけ出せるかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/12号)2025年  
  ~トキの舞う島で、世界に挑戦~

◆新潟県佐渡島は、日本海に浮かぶ国内最大の離島で、かつて金銀山で栄えた歴史を持つ。江戸時代には佐渡金山が幕府の財政を支え、島の経済と文化を育んだ。近年では、国の特別天然記念物である朱鷺(トキ)の保護活動の拠点としても知られ、絶滅寸前だったトキが野生復帰を果たし、空を舞う姿が島の再生の象徴となっている。

◆そんな佐渡島に、もうひとつの再生の物語がある。佐渡精密株式会社は、廃校となった中学校の校舎を本社として再利用し、世界に通用する精密部品を製造する企業へと成長した。医療機器、航空機、半導体製造装置など多様な分野に対応し、全国900社以上と取引を行っている。同社は1980年代、主要取引先の海外移転により受注が激減。特定企業への依存の危うさを痛感し、他社では製造困難な高付加価値部品を小ロットで受注する体制へと転換した。最新鋭の工作機械の導入やCAD/CAMの活用、航空・宇宙分野の品質規格「JIS Q 9100」の取得など、技術力の向上に注力。展示会出展やWebマーケティング、メールマガジン配信など販路開拓にも積極的に取り組み、提案型営業(VA/VE)で顧客の課題解決に貢献している。

◆2016年に社長に就任した末武和典氏は、社員との対話を重視したオープンな経営を推進。経営課題の共有や外部研修、専門家派遣の活用を通じて、組織力の強化を図っている。2024年には小学校跡地に宿泊施設「佐渡風流~nagomi~」を開業。観光需要への対応だけでなく、社員の多様な働き方支援や災害時の防災拠点としての活用も視野に入れている。航空機産業に加え、電動自動車の「eAxle」関連部品への参入も進めており、離島からでも技術力で勝負できる分野への挑戦を続けている。

◆「佐渡でものづくりを続ける」という信念のもと、地域に根ざした雇用の創出と、世界に通用する技術の研鑽を両立させる佐渡精密の姿勢は、地方の中小企業にとって大きな示唆を与えている。かつて金を掘り、今は技術を磨く島。空を舞うトキのように、佐渡から羽ばたく企業の挑戦は、静かに、しかし力強く続いている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/5号)2025年  
  ~障がい者雇用が変えた職場環境~

◆「知的障がい児の社会体験の場を提供してほしい」-。65年ほど前のこと、チョークを製造する日本理化学工業に、こんな依頼が近くの養護学校から寄せられた。2人の女子生徒を受け入れたところ、期間が終わる頃、真剣に仕事に取り組む2人の姿を間近で見ていた多くの社員から「これからも一緒に仕事をしたい」との要望が出された。これを受けて同社は養護学校を卒業した2人を採用。その後、同社では障がい者を積極的に雇用するようになり、現在は全社員の約7割に達している。

◆同社の取り組みはドラマなどで紹介されて有名だが、ほかにも障がい者が生き生きと働く中小企業は数多い。その一つが、リネンサプライや福祉用具の製造販売などを手掛ける特殊衣料(札幌市)だ。1991年に養護学校卒業生を採用したのが始まりで、今では約4割が障がいを持つ社員だ。

◆障がい者が増えたことで変化があった。「彼らに対し、周囲の社員がやさしく丁寧に教えている。そんな雰囲気が社内全体に広がり、風通しのいい職場環境になっている」と同社の池田真裕子社長は話していた。そういえば2年前に取材したエス・ケイ・フーズ(長崎市)も同様だった。外食チェーンのFC店を運営する同社も多くの障がい者を雇用しており、「指導役がじっくりと教えるようになり、店内全体がやさしさと余裕を持ったムードになった」(中村こずえ相談役)そうだ。

◆障がい者雇用が働きやすい職場づくりに一役買い、その結果、障がい者が同じ職場で長く働くことにつながっている。たとえば特殊衣料では平均勤続年数が17年10カ月と、全国平均を大きく上回っている。初めて雇用された社員は今や約35年も勤続するベテランになっている。出発点は小さな思いやりだったのかもしれない。だが今、その歩みは企業を支える確かな力になっている。
障がい者を積極雇用する企業の事例がそのことを証明している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(10/29号)2025年  
  ~ラストワンマイルの環境負荷を軽減~

◆「ラストワンマイル(最後の1マイル)」という言葉がある。物流の過程で、配送センターや倉庫などの最終拠点から届け先のもとにたどり着くまでの区間のことをいう。宅配や通販の利用が拡大する中、物流業界での重要度が増している。その一方で、さまざまな課題も抱えている。慢性的な人手不足に加え、人件費や燃料価格が高騰。一方で、期日指定配送など多様なサービスへの対応も求められ、運送事業者は厳しい経営環境にさらされている。

◆地球温暖化対策も課題の一つだ。多くの車両を必要とする「ラストワンマイル」は、物流プロセスの中で最もCO2の排出量が大きいともいわれている。京都市下京区のフォロフライ株式会社は、その「ラストワンマイル」に向けて、商用の電気自動車(EV)を生産・販売する事業を展開し、急成長を遂げている。ラストワンマイルに最も適した1トンクラスのバン、トラックを低価格で提供する。そのビジネスモデルが高く評価され、「第24回Japan Venture Award(JVA)」の経済産業大臣賞を受賞した。

◆フォロフライの大きな特徴は、事業の肝となる車両の設計・開発、販売を自社で担い、製造を中国の自動車メーカーに委託している点だ。いわゆるファブレスだ。こうすることで製造コストを大幅に引き下げ、物流会社が導入しやすい価格水準を実現させた。「車体を一から開発すれば、莫大な開発費用がかかる。スタートアップにできることは限られているので、最初から大手の力を借りた」と小間裕康代表取締役。
米アップルがスマホの製造を海外メーカーに委託した手法を当てはめた格好だ。

◆商用EVを製造・販売するだけではない。車両の修理や整備の分野でも他社の既存設備やサービスなどを積極的に活用し、日本のEV市場に立ちはだかる壁を突破しようとしている。さまざまな企業を巻き込み、「エコシステム」を作って成長につなげるフォロフライ。「これこそ日本の起業家に求められているビジネスモデルだ」と小間氏は訴えていた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(10/22号)2025年  
  ~未来への航路を描いた万博の終幕~

◆10月13日、大阪・関西万博が閉幕した。半年間にわたり夢洲で開催されたこの国際的祭典には、日本を含む158の国・地域と7つの国際機関が参加し、多様な文化と技術が交差する場として大きな成果を生むとともに、2,500万人以上の来場者を迎えるという大成功を収めた。

◆会期中はどこも混雑し、人気パビリオンには連日長蛇の列。それでも来場者は、並ぶ時間さえも楽しんでいた。家族や友人と語り合い、展示の予習をしたり、他の来場者と交流したりと、行列そのものが万博の体験の一部となっていた。ある高齢の夫婦が並びながら「前の万博(大阪万博、EXPO'70)も長蛇の列だった。これが万博」と言い合っているのを聞いて、確かにそうだと納得させられた。

◆万博終盤の10月3日~7日に開催された体験型展示「未来航路-20XX年を目指す中小企業の挑戦の旅-」は、日本の中小企業の力を内外に知らしめる機会となった。中小企業庁と中小機構が共催したこの展示は、全国から集まった83社の中小企業が、未来社会の課題に挑む製品や技術を紹介。AI、宇宙開発、福祉、環境など多様な分野の革新が体感できた。展示は、自社の強みを活かして社会課題の解決に挑む中小企業を「未知の大海への航海に繰り出す挑戦者」に見立て、5つの価値(テーマ)に分けて紹介した。

◆月面探査車「YAOKI」の操縦体験や、3Dフードプリンター、視覚障がい者向けの感覚デバイスなど、来場者は中小企業の技術力と社会貢献への姿勢に驚きと感動を覚えた。岡山県の株式会社白獅子による災害シミュレーションVRには行列ができ、滋賀県の株式会社人機一体の巨大人型重機ロボットには多くの来場者がスマホを向けていた。没入感ある映像や体験型展示が未来への想像力を刺激した。

◆「未来航路」は、未来を“見せる”だけでなく、“選び、創る”ことを促す展示だった。万博の閉幕は終わりではなく、未来への新たな出発点。この半年間の出会いと対話が、世界のどこかで新たな航路を描き始めていることだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(10/15号)2025年  
  ~保育園があるから活躍できる~

◆2016年2月に投稿されたブログのタイトル「保育園落ちた日本死ね」。荒っぽい言葉遣いではあるが、子どもを保育園に預けられず、働きたくても働けない母親の怒りが強く表れている。折しも、女性活躍推進法の制定など、政府が女性の社会進出を応援するなかで、乳幼児を抱えながら活躍できない女性が直面する理不尽さを端的に表現した書き込みは、2016年の新語・流行語大賞でトップ10入りした。

◆当時、保育園に入れない待機児童は深刻な社会問題となり、2017年のピーク時には全国で2万6000人を超えた。そんななか、広島市内とその近辺で廃棄物収集などを手掛けるタイヨー(広島市安芸区)は、女性の積極採用に向けて本社敷地内に保育園を開設した。当時、社員のほとんどは男性で、女性の応募がどれだけあるのか全く分からないままの先行投資だった。

◆社員(一部のパート従業員を含む)の子どもの保育料を全額会社負担とする「たいようすくすく保育園」は2018年4月にオープン。すると、深刻な待機児童問題を背景に女性の応募が増加。その多くは子育て世代で、広島県内だけでなく県外から転居して入社するケースもあった。開園時に10人だった女性社員数は増え続け、現在は30人超。女性社員の比率も4割近くに達している。

◆それまで“男社会”だった社内に女性が増えたことで、男女別の休憩所やシャワー室が整備され、女性専用のユニフォームも導入された。このうち休憩所は女性用にだけ畳の部屋と無料のコーヒーマシンが備えられ、「男の人がそーっとコーヒーをもらいに来ています」と同社の女性社員は笑顔で話す。2児のシングルマザーである彼女も保育園目的で入社した一人で、現在は管理職に昇進している。

◆「保育園落ちた」と怒りを訴える社会から、「保育園があるから活躍できる」と喜ばれる会社へ。タイヨーの挑戦は企業文化そのものを変えている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(10/8号)2025年  
  ~ベーグルから広がる地域活性化の輪~

◆ベーグルが日本に上陸したのは1980年前半のことだ。アメリカ出身のジャーナリストが東京・広尾にベーグル店をオープンしたことがきっかけとなった。欧米ではごく一般的な食品だが、日本ではベーグルを食べられない。それを残念に思い、自ら店を出したのだそうだ。やがて日本での認知度も上昇。ヘルシーな食品として注目され、都内を中心に多くの専門店が出店するようになった。

◆ベーグルの製法は独特だ。牛乳やバター、卵を使用せず、小麦や水、イースト菌といったシンプルな材料のみで作られる。一次発酵のあとに二次発酵をせず、一度茹でてからオーブンで焼き上げる。このため、低脂肪で高たんぱく。もちもちとした食感は食べ応え満点で、少量でも満腹感が得られるため、ダイエット効果も期待できる。そんな点が健康意識の高い消費者に人気の理由となっている。

◆さいたま市岩槻区にユニークなベーグル専門店がある。
2022年にオープンしたMIYATAYA BAGELだ。築百年の古民家をリニューアルした店舗で、古風な外観とおしゃれな店内のコントラストが印象的。カラフルで色鮮やかなベーグルも数多く販売され、店に入るだけでワクワクさせられる。地域の固定客を獲得し、地元で人気の店に成長した。

◆店舗を運営するのはTDS代表取締役の浅野高志氏。会社員時代に市主催のリノベーションスクールに参加したことが開業のきっかけとなった。スクールでは参加者数人でチームを組んで古民家再生と地域活性化につながる事業を考える。そこで浅野氏はベーグル店をチームに提案。チームで古民家再生のビジネスモデルをまとめ上げた。

◆そのビジネスモデルを実践したのが、このベーグル店だ。こだわりの小麦や酵母に加え、地域の食材を積極的に活用している。「地元の酒蔵の酒かすから作った甘酒を練り込んだり、地元で生産された規格外の野菜や果物も利用させてもらったりしている」と浅野氏。空き店舗となっていた古民家が新たな賑わいを生み出している。
ベーグルを通じた地域活性化の「輪」が広がっている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(9/24号)2025年  
  ~浜松でウナギも売る新聞販売店~

◆とある県で心中を装って男女2人を殺害した女が地元新聞を東京都内で定期購読し、事件の行方を見守っていた…。1957年刊行の松本清張の短編小説「地方紙を買う女」の筋書きである。新聞社勤務の経験を持つ清張らしい作品だ。しかし、いまやスマホやパソコンで容易にニュースを閲覧できる時代。地方紙をわざわざ買う必要はない。かつては、被害者宅にたまった新聞の日付から犯行日を割り出すといった形で、新聞は推理小説やドラマの重要な小道具でもあったが、購読者数が減り続けるなか、そうした場面に出会うことはないであろう。

◆日本新聞協会によれば、全国の新聞発行部数は1997年の5376万部をピークに減少を続け、昨年は2661万部と、前年から約200万部もダウン。ついにピーク時の半分以下に落ち込んだ。新聞販売店も相次いで倒産・廃業に追い込まれている。そんな逆風のなか、独自の生き残り策を打ち出しているのが、事業会社3社を傘下に収めるウエストハママツHD(静岡県浜松市)だ。

◆高塚新聞販売所を前身とする同社は、静岡新聞をはじめブロック紙や全国紙を配達してきたが、2000年代初頭を境に売り上げは減少に転じ、最盛期に100人以上いた従業員も今では40人を切る。鈴木順之介社長は「雇用を守るには事業の多角化が不可欠」と判断。空調設備の清掃やウナギ販売など、新聞とは無縁の地元企業2社を買収した。配達やチラシの折り込み作業が減った従業員がウナギの通信販売業務を手伝うなど、相乗効果も生まれている。

◆さらに同社は、大学のキャンパス移転が予定されているJR浜松駅近くに賃貸マンションを取得し、不動産事業にも参入。「不動産収益次第では、今後さらにM&Aを検討したい」と鈴木氏は語る。「浜松のミニ・コングロマリット」(鈴木氏)を目指す同社がさらなる多角化を進めていけば、将来、「ウエストハママツは新聞も扱っているのですか」と逆に驚かれる日が来るかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(9/10号)2025年  
  ~地域と企業の持続可能な成長モデル~

◆滋賀県草津市は、京都や大阪へのアクセスが良い交通の要衝でありながら、琵琶湖や自然豊かな公園、歴史的な寺社も点在する魅力ある都市。江戸時代には東海道の宿場町として栄え、今も街角には旧宿場町の名残を感じられる風景が残っている。市内の道路標識には小さな宿場町名が隠されており、散策の際に探すとちょっとした歴史のトリビアを楽しめるという。また、草津市は冬でも雪が少なく、物流や工場立地に適した環境が整っている。「住みよさランキング」の上位常連で、関西では住みやすい街として知られている。

◆草津市を代表する企業の1社である草津電機株式会社は、1948年の創業以来、モーター専業メーカーとして、家電、産業機器、医療機器、住宅設備など幅広い分野に製品を提供してきた。創業時は大手家電メーカーの協力工場だったが、2000年代になって取引先の多様化を進め、「一つの業種に占める売上は20%以上にしない」という方針のもと、産業機器や医療・健康分野、インフラ分野など、幅広い業種に製品を提供している。

◆さらに、最近はBtoC事業にも挑戦し、スペインから輸入した紙製ボトル入りの有機ワインや、茶産地と連携した抹茶の海外輸出など、ユニークな商品で消費者が付加価値を感じるものを手がけている。これも高田豊郎社長の、事業の多角化であらゆる危機に柔軟に対応できる経営をするという考えが表れている。また、環境への対応や地域貢献においても、滋賀の中小企業をリードする活動を行っている。

◆さまざまな事業を行ううえで不可欠なのが、多彩な知識やスキルを持つ人材だ。同社には、大手電機メーカーやIT系企業、金融機関など、中小企業なら喉から手を出しても欲しい中途採用人材が多数存在する。なぜそれが実現できるのか。やはり、同社の経営への考え方が内外に理解され、「次に働くなら草津電機にお世話になりたい」と思わせるだけの魅力があるからだ。同社も過去に何度も経営上の危機はあったものの、その危機をバネにして、事業を変革させてきた。住みやすい街という地の利に加え、中小企業ならではの柔軟性と変革力が、人材確保と持続的成長を支えている。
(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(9/3号)2025年  
  ~自らの行動で「いのち輝く未来」を創る~

◆球児たちの熱いドラマが繰り広げられた夏の甲子園。高校野球は数々の映画や小説の題材として取り上げられている。小説「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」(「もしドラ」)では、都立高校の弱小野球部の女子マネージャーがピーター・ドラッカーの「マネジメント」の内容を野球部の組織作りに応用し、甲子園を目指して快進撃を続けるというストーリーが展開する。

◆「もしドラ」以前からドラッカーは多くの経営者に影響を与えていた。2000年に起業したクロスエフェクト(京都市)の竹田正俊社長もその一人で、先輩経営者の勧めでドラッカーを学んだ。とくに印象的なのが「すべての成果は組織の外にある」という言葉。「成果は売上高や利益など組織の中にある」と思っていた竹田氏はその意味が分からなかったが、やがて「組織の外にある成果=社会貢献」と理解。「利益ばかり追求していれば、いずれ社会から必要とされなくなる。社会貢献こそ企業の最大の目的だ」と考えを転換させた。

◆精密な心臓モデルによって手術前に完璧なシミュレーションを可能にする心臓シミュレータープロジェクトも「問題ではなく、機会に焦点を合わせることが必要」というドラッカーの言葉から始まった。「柔らかい心臓モデルを作ってほしい」という医師の依頼を一度は「問題=厄介ごと」として断ったが、やがて「機会=チャンス」だと受け止めた。

◆同社は10月3~7日に大阪・関西万博で開催される「未来航路」に出展する。企業の技と想いで「いのち輝く未来」を創るとする「未来航路」だが、ドラッカーも「未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ」と述べている。不確実な未来に対し、ただ待つのではなく、自らの行動で望ましい未来を創造していくことが重要、という意味だ。ドラッカーから多くのことを学んだ竹田氏は、自らの行動で「いのち輝く未来」を創っていくことだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(8/27号)2025年  
  ~将来の経営を支える友情と連携 第45期経営後継者研修終講式~

◆「経営者は孤独である」とよく言われる。経営に対する最終的な意思決定を行い、その責任を負う。悩みを相談したくても同業者や部下にはなかなか打ち明けられない。詳しい専門家もよく知らない。民間のアンケート調査などをみると、経営者の半数近くが孤独を感じた経験があるという。その解消法は、腹を割って話ができる相談相手を持つことに尽きるだろう。

◆中小企業大学校東京校で7月18日に開催された第45期経営後継者研修の終講式を取材した。中小企業の経営者の子息ら後継候補が10カ月間にわたって経営の心構えや経営に必要な知識を習得する研修だ。日々の仕事を離れ、原則月~金曜まで週5日みっちりと実践的な経営のノウハウを学ぶ。遠方から派遣された研修生のために寮も用意され、寝食をともにする中で、大人同士の友情や連携が育まれている。

◆岐阜県可児市の会社から派遣された研修生は「本当に『同じ釜の飯を食う』という言葉がぴったりだった。10カ月とは思えないくらい濃い人間関係を構築できた」と話す。一方、兵庫県尼崎市の会社から派遣された研修生は「仲間とのつながりを得られたことが一番よかった。自社分析などの学びを通じて仲間と語り合った時間はかけがえがなかった」と振り返っていた。ゼミ仲間との合宿や課外での仲間との旅行、レクリエーションも盛んで、この期ではゴルフが同期や講師と親交を広げるツールになっていたようだ。

◆卒業後も在校生との合同研修や交流会などがあり、横のつながりだけでなく、先輩・後輩との縦のつながりも構築することができる。地域も違い、業種の違う同期や先輩、後輩との交流を通じて、経営の悩みや課題を解決するヒントを得ているという経営者は多い。経営者が陥りがちな「孤独」にならない場が提供されていることも経営後継者研修の良さなのだと、今回の終講式の取材を通じて感じた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(8/20号)2025年  
  ~タンチョウヅルとアイヌ文化を守り成長~

◆タンチョウヅルは北海道を代表する鳥として道鳥に選ばれている。白地に黒を刷いたような羽をひろげると約250センチメートルもの大きさで、真冬の北海道を飛ぶ姿は優美そのもの。かつては東北や関東にも飛来していたが、乱獲され、明治時代には絶滅したとみられていた。しかし、釧路湿原の奥地で十数羽が命をつないでいるのが発見された。その後、地域住民や自治体の手厚い保護活動もあり個体数を増やしていった。現在は国の天然記念物、絶滅危惧種に指定され、釧路市阿寒町や阿寒郡鶴居村など釧路・根室地方を中心に1,500羽以上が生息している。

◆アイヌの人々はタンチョウヅルを「サロルンカムイ(湿原)の神」と呼び、信仰の対象としてきた。タンチョウヅルがいる釧路湿原はもともとアイヌの人々にとって神聖な場所であり、さらにタンチョウヅルはつがいになると生涯をともにし、協力して子育てをする姿が、夫婦円満の象徴と思われてきたからだという。

◆鶴雅ホールディングスは、タンチョウヅルが生息する阿寒湖で創業した。当時の社名とホテル名は「阿寒グランドホテル」だったが、1995年に別館を開業したのに合わせてホテルの名称に「鶴雅」を使い、2016年に持ち株会社体制へ移行したのを期に、現在の社名にした。今や網走、支笏湖、ニセコなど道内有数の観光エリアで14もの高級ホテル・旅館を経営する一大ホテルチェーンとなった同社だが、タンチョウヅルを大切にする思いを社名にも込めた。

◆同社が経営するホテルや旅館の多くは、国立公園・国定公園内に立地し、自然環境保護への厳しい制限や規制がある。反面、これらが異業種や大手資本の参入障壁ともなり、地場資本でも長期的な視点に立った経営が可能になっている。同社はあえて規制の厳しいエリアのメリットを活かしながら、宿泊客が国立公園の素晴らしい景観を楽しめる施設づくりをしている。

◆阿寒湖に近い同社の基幹ホテルには、アイヌ民族を代表する木彫作家・藤戸竹喜氏の大きな作品が多数展示されている。同社が目指すのは、お客さんが長期滞在をして自然と触れ合う体験型観光「アドベンチャーツーリズム」。タンチョウヅルとアイヌ文化という北海道の誇りを大切に守りながら、大きく羽ばたいてほしい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(8/13号)2025年  
  ~海の豊かさを守る竜宮礁(りゅうぐうしょう)~

◆石川さゆりさんの代表曲「津軽海峡・冬景色」は青森-函館間を航行していた青函連絡船が舞台だ。歌詞の1番では、夜行列車で雪の青森に着いた乗客が函館行きの連絡船に乗り込む様子が歌われている。青森駅が海の近くに所在するのは、鉄道と連絡船との乗り換え地点だった名残である。

◆青函トンネル開通で1988年に連絡船が廃止されてから33年後の2021年、岸壁跡の一部に人工海浜「あおもり駅前ビーチ」が整備された。その名のとおり駅から歩いて数分で行けるビーチは観光客や地元住民の憩いの場となっている。今年3月には、ビーチの0.37haの海域が民間団体などの手で生物多様性の保全が図られている区域として環境省の自然共生サイトに認定された。海域では、海の生き物の住みかとなるアマモが群生する「アマモ場」が形成されており、その保全活動に取り組んでいる団体の一つが青森市のローカルゼネコン、志田内海(しだうつみ)だ。

◆アマモ場は小魚の隠れ場や産卵場所となり、「海のゆりかご」と、呼ばれる。とくに陸奥湾にはアマモ場が多いのだが、ナマコを捕獲する「桁曳き網操業」(金属製の枠が付いた網を海底で曳く漁法)などによってアマモ場は減少。
こうした状況を知った志田崇氏(現・志田内海会長)はアマモを保護する礁体「竜宮礁」を開発した。直径1.5m、高さ0.3mのドーム型の礁体は湾内に設置され、アマモが成長し、多くの魚が生息する場となっている。もちろん、あおもり駅前ビーチの海域にも設置されている。

◆「竜宮礁」というネーミングは、内部で多くの魚が泳ぐ様子を目の当たりにした志田氏が「まるで浦島太郎の竜宮城のようだ」と思ったことによる。当初は湾内だけだった竜宮礁も今は新潟県の佐渡島など外海にも設置され、その数は4万基以上に及ぶ。その名を竜宮城に由来する礁体は国内各地で海の豊かさを守り、「絵にも描けない美しさ」を広げていくことになりそうだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/30号)2025年  
  ~究極の腸活~

◆「就活」は就職活動の略したもの、「婚活」は結婚相手を探す活動のこと。いずれも『広辞苑』に掲載されている。それでは「腸活」はどうだろうか。残念ながらまだ広辞苑には掲載されてはいない。広告などではよく聞く言葉だが、辞書に載るほどには普及していないということだろうか。一般的に腸活とは、腸内環境を整えるのに役立つ食物をとることと理解されている。

◆人の腸内には数百~数千種類の細菌が共生しており、全体で500兆から1000兆個にもなると言われている。さまざまな種類の細菌が相互に影響を及ぼしあうことで、身体が健康にも不調にもなる。人間社会の営みのようで興味深い。腸内細菌は腸内に密集して色とりどりの姿をしており、さながらお花畑のように見えることから、「腸内フローラ」とも言われている。

◆健康な人の腸内細菌を患者に移植するという“究極の腸活”とも言える「腸内フローラ移植(腸内細菌叢移植)」技術が開発され、臨床の現場で活用が進んでいる。シンバイオシス株式会社(大阪市都島区)は、医療機関と連携してこの腸内フローラ移植の普及に取り組んでいる。腸内フローラ移植は、対象疾患が腸関連だけでなく、がんや糖尿病、アトピー性皮膚炎、精神疾患など幅広い分野に及ぶ可能性があることが国内外の研究で検証されつつある。欧米ではすでに感染症の一種の治療法として確立されている。

◆同社代表取締役の田中三紀子 氏は、企業のウエブサイトを作成する会社を経営する中で、腸内フローラ移植を知り、その将来性に期待して同社を立ち上げた。日本ではまだ一部の医療機関が自費診療として手掛ける腸内フローラ移植の普及を後押しするため、腸内フローラ移植が医療従事者や患者に正しい知識で伝わるように普及啓もう活動を行うとともに、ドナーから提供された便を冷凍保存し、医療機関に移植用の菌液として提供する役割を担っている。同社によるとこれまでに全国20の医療機関で約600人の患者が移植を受けたという。

◆腸内フローラ移植がなぜさまざまな病に効果を及ぼすのかについては、まだまだ未解明な面もある。学術的な研究成果を世の中に正しい知識として普及させ、患者が安心して医療を受けられるようになるために、同社が果たすべき役割も大きいと言えるだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/23号)2025年  
  ~竹から生まれたかぐや姫、ならぬヒット商品~

◆かぐや姫の話で知られる「竹取物語」は平安時代前期に作られ、「現存する日本最古の物語」とされる。竹取の翁が光り輝く竹の中から3寸(約9cm)ほどのかぐや姫を見つけ、自分の子どもとして育てたところ、わずか3カ月で美しい大人の女性に成長した。これは若竹が親竹と同じ大きさに育つ期間と一致しているという。

◆今から1000年以上も昔に作られた物語が多くの人々の間で語り継がれてきたのは、竹が日本人の生活と深く関わっていたことの表れだといえる。実際、箒や籠といった日用品、笛などの楽器、さらには竹馬や竹トンボといった遊び道具まで多くの物が竹で作られていた。また竹が持つ殺菌効果や洗浄力も認識され、竹の皮で食べ物を包んだり、竹炭を混ぜた灰汁で洗濯したりと、様々な形で活用されていた。

◆近年は他の素材に取って代わられ、それに伴って多くの竹林は放置状態。さらには、かぐや姫のような成長の速さが原因で厄介者扱いされがちな竹だが、SDGsの観点から価値が見直されつつある。たとえば、全国4位の竹林面積を有する山口県で事業を展開するエシカルバンブー(防府市)は竹を使ったタオルや洗剤などの製造・販売で注目されている。化学物質を一切使わず、竹の消臭力や吸水性を活かした自然由来のタオルは1枚1500円ほどの価格にもかかわらず、まとめ買いの客が多いという。「安売りはせず、関わる人たちすべてが利益を得られることが大事」というのが創業者・田澤恵津子氏の考えだ。

◆「竹取物語」では、かぐや姫を育てるようになって以降、翁が竹の中から金を見つけることが続き、翁の夫婦はたちまち裕福になった。竹はかつて富の象徴だったという解釈もある。竹を使ったヒット商品を生み出しているエシカルバンブーは、「竹害」とも言われる竹林を“宝の山”へと変えていき、いつの日にか、現代の「竹取物語」と呼ばれることになるかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/9号)2025年  
  ~新技術・新製品が成長の源泉~

◆今年度の中小企業白書は「円安・物価高の継続、『金利のある世界』到来による生産・投資コスト増、構造的な人手不足など、中小企業・小規模事業者が直面する状況は依然として厳しい。激変する環境において、経営課題を乗り越え成長を遂げるためには、自社の現状を把握して適切な対策を打つ経営力が求められる」と訴えている。日本の雇用の7割を占める中小企業が経営力を高め、賃金を上昇させていくことが、日本経済の成長に欠かせない。

◆事業を拡大させていくためには、他社と差別化できる優位性のある製品開発が重要な要素となる。中小企業の優秀な製品や技術を表彰する「第37回中小企業優秀新技術・新製品賞」(りそな中小企業振興財団・日刊工業新聞社共催)の表彰式がこのほど開催された。製品部門の最上位の中小企業庁長官賞を受賞した株式会社Thinker(大阪市中央区)は、バラ積みしてある部品から適切な部品をピッキングするロボットハンド「Think Hand F」の開発が評価された。代表取締役兼CEOの藤本弘道氏は「製造業の現場では技術承継の課題が深刻化している。特に中小企業は限りある資源の中で戦わなくてはならず、深刻さが顕著だ。これまでのロボットハンドは高額で高度な技術が必要だった。当社は専門知識がなくても直観的に使えるようにした。『ロボットハンドの民主化』を実現させたい」と、人手不足に悩む中小企業にとって役立つ技術の普及に意欲を燃やす。

◆ソフトウエア部門の最優秀技術である中小企業基盤整備機構理事長賞を受賞したアナウト株式会社(東京都千代田区)は、外科手術支援システム「EUREKA α(ユーリカ アルファ)」が評価された。AIを用いて手術中に結合した組織を剥離する作業を支援する。代表取締役の小林直氏が、外科医として医療現場に従事するなかで、困難と感じていた課題を解決するものとして開発した。前例のない医療機器として厚生労働省から薬事承認を得ているという。小林氏は「日本だけでなく、世界の患者さんにこの技術を届けたい」と意気込んでいる。

◆両社はAIやセンサーなど、最新技術を積極的に導入して製品化を実現した。激変する経済環境の中で中小企業が成長を続けることは容易ではない。しかし、世の中の課題を明確にとらえ、解決に導く新技術・新製品は、中小企業であっても世界市場を開拓できる大きな力になる。両社の経営者が力強く前を向く姿にエールを送りたい。
(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(7/2号)2025年  
  ~ハラミちゃんのように笑顔になれるピアノ教室~

◆ピアニストのハラミちゃんはチャンネル登録者数220万人超のYouTuberでもある。きっかけはストリートピアノだった。幼少期から習っていたピアノの道を諦め、会社員として働いていたが、体調を崩した彼女は、先輩の勧めで東京都庁のストリートピアノを演奏。その動画を投稿したところ大ブレークした。動画を見て演奏時に自分が楽しそうに笑っていることを知った彼女は「笑おうと思ってなくても笑えるって一番幸せへの近道なのかもしれない」と思い、会社を辞めてピアニストの道へ進んだ。

◆ピアノは人気の習い事で、ハラミちゃんのように幼少期からピアノ教室に通う子どもは多い。しかし、とくに個人レッスンでは講師の指導が厳しく、それが苦でピアノを辞めるというケースも少なくない。そうした状況に疑問を抱き、「楽しくピアノを習って笑顔になれる教室を作りたい」と考えたのが、広島、岡山県内で音楽教室を運営するワタナベミュージックラボ(広島県三原市)の渡邊朋子社長だ。

◆自身もピアニストである渡邊氏が同社の第二創業として2015年に立ち上げたピアノ教室「I Love Piano」では、講師と生徒が「時間と音楽を共有する仲間」(渡邊氏)という関係で、楽しい雰囲気があふれる。中高年の男性を含め、年齢・性別を問わず幅広い支持を得て、教室数・生徒数ともに順調な伸びを示している。渡邊氏の思いに共感した奈良県内の企業がフランチャイズとなり、関西でも「I Love Piano」がお目見えしている。

◆渡邊氏は地元・三原市の音楽プロジェクト「ドレ・ミハラ♪」にも協力。同市内の広島空港と三原市民ギャラリーにストリートピアノが設置された。空港のピアノは大規模改修工事に伴い今年6月末で終了したが、JR三原駅前の市民ギャラリーの方はイベント開催時を除いて毎日9~20時に誰でも自由に弾ける。YouTubeにも市民ギャラリーでの演奏の動画が投稿されている。いつの日にか“第二のハラミちゃん”が三原市から誕生するかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/25号)2025年  
  ~“21世紀最大のフロンティア”を目指す~

◆道の駅や農産物直売所に立ち寄ると、必ずといっていいほど目にするのが、フルーツや野菜などの乾燥食材だ。そのまま食べたり、料理に加えたり。さまざまな用途に利用されている。規格外で市場に出せなかった農産物に新たな「価値」が加わり、農家の収益向上とともにフードロス対策にも寄与している。

◆岡山市北区の大紀産業は食品乾燥機のトップメーカーだ。ボイラー式が主流だった業界で初めて電気式の乾燥機を商品化。乾燥食品ビジネスの広がりに大きな貢献を果たしてきた。「食品乾燥機はそのままSDGsに直結するビジネス」と語る安原宗一郎社長。「食品乾燥で世界を豊かに」をキャッチフレーズに海外にも展開し、2015年にはアフリカ・スーダンでの食品乾燥機の普及活動に挑戦した。

◆スーダンでは乾燥タマネギをさまざまな料理に利用していたが、その製造工場が老朽化で閉鎖され、タマネギが大量に余る事態が起きていた。その解決策としてスポットがあたったのが同社の食品乾燥機だった。「当社が断ったらこの事業は成り立たない」と安原氏。JICAの支援を受けながら事業に取り組んだ。スーダンでの事業では31台の食品乾燥機を稼働させたが、2023年に起きた内戦の影響で中断してしまった。だが、安原氏のチャレンジはこれで終わらず、今もアフリカ市場の開拓に果敢に取り組んでいる。

◆同社は横浜市で8月に開かれる第9回アフリカ開発会議(TICAD9)にも参加。同時開催されるビジネスイベントに出展する。「食品乾燥機は、アフリカの食料問題の解決に大きな貢献ができる。日本を訪れた方々に技術をアピールしたい」と安原氏は意気込んでいる。アフリカは「21世紀最大のフロンティア」ともいわれる。人口増などを背景に成長率は世界平均よりも高い。インフラが未整備な分、大きなビジネスチャンスが潜んでいる。同社のように中小企業だからこそできる事業も少なくない。TICAD9開催を機にアフリカ市場に目を向けてみてはどうだろうか。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/18号)2025年  
  ~外国人財をいかし成長に結びつける経営~

◆中小企業にとって人手不足が最大の経営課題となるなか、外国人を働き手に迎える企業が増えている。厚生労働省の外国人雇用状況の調査によると、令和6年10月末時点の外国人労働者数は230万2587人で過去最多を更新した。外国人を雇用する事業所数も過去最多を更新した。あらゆる業種で外国人が戦力になりつつある。

◆一方で外国人を雇用しても定着しないことが経営者の悩みの種となっている。就労から1年間の離職率が3割、4割にのぼるというデータもある。コミュニケーション不足や、事前に取り決めた雇用条件を守らない経営者、より高い賃金を求めて職を転々とする外国人など、雇う側・雇われる側双方に要因があると言われている。

◆大阪市生野区で金属加工業を営む三栄金属製作所は、従業員の約半分を外国人が占める。同社が最初にベトナムから2人の若い研修生を受け入れたのは2007年のことだった。文敬作社長が自らベトナムに行き、現地で面接をして採用した。高齢化が進み沈滞気味だった工場で働き始めた2人は、意欲の高さや明るさからみるみる現場を活気づけた。文社長は妻とともに、生活面の困りごとの相談に乗るなど、実の子どものように面倒を見たという。その後も日本企業で働いていたハノイ工科大学出身のベトナム人を受け入れるなど、採用を増やしていった。

◆「ベトナム人が働くようになって運が回ってきた」。文社長はそう実感している。同社で働くベトナム人が増えるにつれ、帰国した後も働く場を提供したいと、2013年にベトナムで生産子会社を立上げた。当初はあてにしていた日系企業から注文が得られず苦境を味わったが、その後は事業を拡大していった。同社で働きベトナムに戻った社員が副社長として現地法人の経営を担っている。今ではベトナムでの事業が同社の稼ぎ頭となるまでに成長している。

◆同社は社員の約半分がベトナム人と中国、韓国から来た社員が占める。日本人と外国人の待遇は同じ。意欲のある人には誰でもチャンスを平等に与えるという方針だ。結果として現場リーダーや工場長に外国人が就くというケースが出てきた。海外からわざわざ同社で働きたいと訪ねてくる人もいるという。単なる人手不足対策という視点ではなく、外国人を人財として自社に定着させるにはどうすればいいのか。
同社の経営が教えてくれている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/11号)2025年  
  ~女性にしかなれない職業~

◆最近、耳にすることが少なくなった単語が「女優」である。女性でも「俳優の○○さん」と紹介される。男女雇用機会均等法では性別を限定した職業の呼称は不適切とされており、これまでにも「スチュワーデス→客室乗務員」「看護婦→看護師」などと変わっている。呼称以上に厳しいのが募集・採用面での性別による差別だが、こんな時代でも女性にしかなれない職業がある。その一つが助産師だ。呼称は2002年に従来の助産婦から変更されたが、仕事の内容から、いまだに女性限定の仕事だ。

◆「女性に生まれたからには女性にしかなれない仕事に就きたい」。妊婦の伴走型健康管理サポート事業を行っている株式会社MamaWell(ママウェル、茨城県つくば市)の関まりか代表取締役は助産師と看護師の資格を取得し、大学卒業後の4年間、出身地の富山市内の病院に助産師として勤務した。仕事を通じて妊婦のケアに関する問題意識を高めた関氏は千葉大学大学院に入学。在学中、助産師がオンラインで継続的に妊婦をサポートするというビジネスプランを考案し、博士後期課程の途中で休学して2022年8月に起業した。

◆妊婦に専属で付く「パーソナル助産師」という同社のサービスは社会のニーズにマッチしたようで、設立から3年足らずで100を超える企業・健康保険組合が導入している。今年4月には東京都品川区の「オンラインMy助産師」事業に採択された。企業などで働く妊婦が対象である他の事例と異なり、同区の事業では、区民であれば専業主婦も対象になる。

◆同区では2児の母親である森澤恭子区長が子育て施策の充実を推進しており、「オンラインMy助産師」はその一環。女性であることを強調するのは今の時代、不適切なのかもしれないが、そもそも妊娠・出産は女性にしか経験できないこと。女性ならではの視点を有する区長が女性だけに認められる資格を持つ起業家(関氏)の事業を活用することは適切、といえるだろう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(6/4号)2025年  
  ~DXに取り組み、超少子化時代に備える~

◆今から59年前の1966年(昭和41年)、日本の出生数が前年に比べ25%も減少するという出来事が起こった。その年の干支は丙午(ひのえうま)。「丙午生まれの女性は気性が激しく、夫を不幸にする」。そんな迷信を信じ、多くの夫婦が子供の産み控えをしたことが原因となった。江戸時代に恋人に会いたい一心で放火事件を起こした「八百屋お七」の物語が迷信の由来とされている。

◆この年の出生数は136万人。前年の182万人から46万人も減り、その翌年は197万人に回復した。迷信とはいえ、恐ろしいほどのインパクトを与えたものだ。この年の出生数はしばらく最少記録を維持し続けていたが、じわじわと少子化が進行し、1987年に記録が破られた。その後も出生数は右肩下がりを続け、2024年は70万人を割り込む可能性があるという。

◆「この状況を見過ごしていたら地方で会社を存続させることが難しくなる。地方の会社の経営者ほど目の前にある難局に備えるべきだ」。山形県河北町でプラスチック成形品の製造などを手掛ける高梨製作所の高梨健一社長はこう訴える。人口減少のリスクに備え、積極的なDXに取り組んだ。間接部門のクラウド化や自社に適合する生産管理システムを導入し、「見える化」を実現。業務の大幅な効率化とコスト削減につなげ、経済産業省の「DXセレクション2024」に選定された。

◆「山形県の人口は100万人を切ろうとしている。一方で、隣の仙台市は一つの市だけで100万人を超す。利便性のいいところに人がどんどん吸い上げられていく。従業員がいなくなり、業務が回らなくなって会社を閉めるという事態がいつ起きてもおかしくない」。都会にも増して深刻な地方の環境が高梨氏の挑戦を後押しした。

◆働き手不足や人件費の上昇、後継者難…。押し寄せる人口減少リスクを克服するうえで、デジタル化による業務の効率化は避けて通れないテーマだ。来年は60年ぶりの丙午の年となる。今の時代に同じことが起こるとは考え難いが、リスクは存在する。超少子化時代の経営を考える一つの機会になるのではないかとも感じた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/28号)2025年  
  ~自然冷媒で地球温暖化の課題解決に挑む~

◆地球温暖化の進行で、世界の冷凍・空調機の普及が加速している。それにともない、困った問題が浮上している。冷凍・空調機には、熱交換を行う仕組みとして冷媒が使われている。現在世界で多数使われている冷媒は、代替フロンと呼ばれるものだが、大気中に放出されると、温暖化を引き起こす温室効果ガスとなってしまうのだ。温暖化で問題視されるCO2の数百から数千倍も温暖化に悪影響を及ぼすと言われている。涼しさを求めるための装置の普及が温暖化を進めるという何とも皮肉な事態だ。

◆日本熱源システム株式会社は、こうした地球的な課題解決に挑戦する中小企業として注目されている。同社がドイツの企業と提携して開発した業務用冷凍機「スーパーグリーン」は、冷媒にCO2を使うため、温室効果への影響はわずか1にとどまる。ただ、CO2冷媒はこれまで日本のような暑さが厳しい地域で使うのは無理と言われていた。同社は圧縮機を複数台設置するなど、さまざまな工夫を凝らすことで外気温度が50度Cでも運転可能な冷凍機を実現させた。

◆スーパーグリーンは、省エネ大賞の中小企業庁長官賞やものづくり日本大賞の優秀賞を受賞するなど高い評価を獲得した。これまでに冷凍冷蔵倉庫や大手食品メーカー、化学メーカーなどに約600台が販売され、着実に実績を重ねている。ユーザーにとっては、導入にかかるコストは割高だが、省エネ性能が高いためランニングコストが抑えられることが評価されている。

◆原田社長は父親が創業した同社を継いだ2代目だが、大学を卒業して最初に就職したのはNHKだった。政治部記者として活躍していたところを、周囲の説得で跡継ぎになることを決意した。入社当時は主力事業が先細りし、社内の雰囲気も暗かった。新規分野として取り組んだ原子力発電所施設向け空調機事業のために、新工場を建設したタイミングで東日本大震災が発生。受注がいきなりゼロになるという苦難も経験した。それでも前を向いてスーパーグリーンの開発を実現させたのは、一緒に頑張る社員のために、この会社をなくすわけにはいかないという経営者としての覚悟からだった。気象庁によると今年の夏もまた酷暑となる見通し。冷凍・空調機が活躍することは間違いない。同社の製品の普及で、酷暑の発生が少しでも低減されることを期待したい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/21号)2025年  
  ~働くママも「カッコイー!」~

◆家ではゴロゴロしている父親が職場では一転、テキパキと仕事をこなす。バックに流れるのはロック歌手、忌野清志郎さんの「昼間のパパは男だぜ~カッコイー」という「パパの歌」。1990年代初めに放映された大手ゼネコンのCMだ。専業主婦世帯の方が共働き世帯より多かった当時、「父親は仕事人間」とみられていた。それから30年以上が経過した今、父親像は様変わりし、育児に積極的に参加する「イクメン」も珍しくない。

◆母親像も変わってきている。共働きが増え、フルタイムで働く母親も多い。しかし、とくに地方ではジェンダーギャップ(男女間の不平等や格差)が大きく、「男は仕事、女は家庭」という昔ながらの固定観念が根強い。そんななか、DXによって地方でも女性が自分らしく輝ける働き方を広げようと取り組んでいるのが、経理代行などを手掛けるケイリーパートナーズ(福島県郡山市)だ。

◆創業者の鷲谷恭子氏は、東京都内で総合職として勤務した後、出産を機に故郷の郡山へUターン。やがて仕事復帰を考えるようになったが、地元には自分らしく活躍できる仕事の選択肢が少なかった。また周囲には、「育児は母親の役割」という意識から、子育てのために働きに出られない女性が多かった。そこで発案したのが「1日2時間なら母親も無理なく働ける」というビジネスプラン。コンテストでの受賞などを経て2019年10月に会社を設立した。実際に「スタッフの5分の1が2時間勤務」(鷲谷氏)だが、クラウドツールを活用してワークシェアリングを徹底し、短時間勤務の担当者が不在になっても業務が滞ることはないという。

◆子育て中の母親のため、在宅勤務を積極的に実施し、オフィスへの子連れ出勤も認めている。そして、自宅や職場でイキイキと働く母親を間近で見ている子どもたちからはこんな声が聞かれるという。「ママ、カッコイー!」。
そう、パパだけでなく、働くママも格好いいのだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(5/14号)2025年  
  ~天然塩を新たな地域ブランドに マーケデザイン~

◆その昔、塩は自由に製造・輸入したり、販売したりすることはできなかった。限られた製塩業者が製造した塩が国の管理のもと消費者に供給されていた。イオン交換膜方式と呼ばれる製法で精製された、ほぼ塩化ナトリウムだけの塩だった。消費者に選択肢はほとんどなく、どの家庭の食卓にも同じ塩が置かれていた。

◆明治時代から続いた塩の専売制が廃止されたのは1997年(平成9年)。30年ほど前のことだ。新たに「塩事業法」が制定され、製造・輸入・販売は誰もができるよう自由化された。すると、さまざまな事業者が塩づくりに参入し、こだわりの製法でつくった塩を販売するようになった。ミネラル分が混ざった塩はそれぞれ個性があり、消費者の選択肢が大きく広がった。塩のマーケットも大きく拡大した。

◆京都府京丹後市の池田龍彦氏も自由化を受けて塩の製造を始めた一人だ。夕日ケ浦の海岸からくみ上げた海水を平釜で1週間かけて炊き上げ、天然塩を製造。地元の料理人たちに重宝されてきた。しかし、寄る年波には勝てず、引退を決意。京都市伏見区で商品のパッケージデザインなどを手掛けているマーケデザイン代表取締役の小林弘幸氏が2023年に事業を承継した。

◆「最初は天然塩のブランディングの提案をするつもりだった」と小林氏。池田氏から引退の考えを打ち明けられると、「地域ブランドとしての価値を高めて全国に認知されれば、地域の活性化にもつながる。事業を続ける意義は大きい」と感じたそうだ。事業承継後は「丹後絹塩」という新たなブランド名を命名。天然塩そのものだけでなく、菓子や飲料、漬物などの商品への活用にも取り組んでいる。

◆本業では商品のブランディングやマーケティング戦略も手掛ける小林氏。これまでは顧客に向けて戦略を提案する立場だったが、天然塩のビジネスでは自身の戦略を自ら実践する。「いろいろと面白く感じながら事業を行っている」と、これまでとは違うチャレンジに意欲を燃やしている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/23号)2025年  
  ~様変わりする「見て覚えろ!」~

◆新年度がスタートして3週間ほどが過ぎた。真新しいスーツに身を包んでいた新入社員も職場に慣れてきただろうか。その一方で、入社間もない社員が退職するケースも珍しくない。「退職代行モームリ」を運営するアルバトロス(東京都品川区)によると、昨年の新卒社員からの依頼は5月が一番多く、次に4月だったという。今年も入社式が行われた4月1日に依頼が入ったそうだ。

◆新入社員がすぐに辞めてしまう会社には共通点がいくつかある。たとえば教育や指導に関しては、マニュアルや手順書がなく、上司や先輩も必要な指導を行わない、といった点だ。創業50年余の豆腐メーカー、小菱屋(愛知県稲沢市)でも「見て覚えろ!」という昭和の職人気質がまかり通っていた。

◆2016年に父親の跡を継いだ所恭平社長は、経営が厳しくなるなか、まずは社内の現状把握に取り掛かった。すると様々な問題点が明るみに出た。その一つが作業の手順書やマニュアルがなかったことだ。ほかにも、残業や工場内の2S(整理・整頓)など改善すべき点が山積していた。そこで所氏は2019年から中小機構のハンズオン支援を受けることにし、派遣された専門家の助言に基づき改革を進めていった。

◆支援は5回に分けて2024年まで続いた。途中、改革に反発していた幹部社員らが退職するなど、一定の痛みを伴ったが、残業の適正化や2Sの徹底などによって職場環境は改善されてきた。所氏は「改革はまだ1合目から3合目ぐらいを登っている段階」と述べ、今後も改革を継続していく考えだ。

◆当初から課題と指摘されていた手順書やマニュアルについてはまだ作成の途中だ。その一方で動画作成も予定している。見て覚えることには変わりないが、好きな時に繰り返し見ることができるなどメリットは多い。かつての昭和の職人気質とは全く異なる令和版「見て覚えろ!」で作業手順の周知を図っていくことになる。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/16号)2025年  
  ~老舗繊維問屋がチャレンジした新規事業とは~

◆新潟県上越市には戦国武将、上杉謙信が居城とした春日山城がある。川中島の合戦をはじめ生涯70余りの戦を交えたが、負けたのはわずか2戦のみ。無敵の強さを誇り、軍神と恐れられた。幼少のころから毘沙門天を厚く信仰。自らを「毘沙門天の生まれ変わり」と称し、出陣前には城の毘沙門堂に籠って勝利を祈願したという。

◆ロードバイクというレース仕様のスポーツ用自転車に「毘沙(BISYA)」というブランドがある。高品質のフルカーボンフレームを使った本格的なロードバイクだが、有名ブランドよりもリーズナブルな価格から密かな人気を集めている。販売しているのは、上越市で100年以上前から繊維製品の卸問屋を営む越後繊維株式会社。ブランド名は代表取締役の大嶋哲(さとる)氏が郷土の英雄の逸話にちなんで名付けた。

◆繊維製品を全国から仕入れ、地域の洋品店に卸売りをする事業を長年にわたり続けてきたが、大手量販店やファストファッションの台頭とともに厳しい逆風にさらされるようになった。2005年に家業を継ぐまで、大阪の繊維問屋に勤務していた大嶋氏。流通大手を担当し、「考え方や厳しさ、恐ろしさを肌で感じた」と語る。事業の先行きを考える中で、趣味だったロードバイクのビジネスにチャレンジすることを決心した。

◆世界的なロードバイクブランドのフレームを手掛ける中国のメーカーと提携し、「大けがをしない範囲で」と初号モデル200台を2019年に発売。大嶋氏一人で全国各地を駆け回り、「どぶ板営業」で売り切った。その後もコロナ禍の市場の変化や資材価格の高騰に苦しみながら新モデルを順次売り出した。「毘沙バイク 何それ?」という当初の反応は「聞いたことがある」に変化。店頭に並べてくれる店が増え、事業は軌道に乗ってきた。

◆必勝の神として謙信が厚く信仰した毘沙門天は商売繁盛、金運向上のご利益がある七福神でもある。新たな事業に奔走する大嶋氏の地道な努力を毘沙門天もしっかりと見守ってくれているのかもしれない。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(4/9号)2025年  
  ~高齢者にとっての歩行の大切さ~

◆高齢化による身体の機能低下を表す言葉として「サルコペニア」がある。歩く速度が毎秒0.8メートル以下や握力が男性は26キログラム未満、女性は18キログラム未満で筋肉量が基準より減少している状態をいう。歩行と健康寿命には密接な関係があり、できるだけ歩く能力を維持することが、健康寿命を延ばすうえで重要とされている。日本は世界有数の長寿大国だが、介護などの必要がなく健康的に生活できる期間である健康寿命との差は、女性が11.63年、男性が8.49年(2022年時点推計)で、この差を縮めることが課題と言われてきた。

◆RT.ワークス株式会社(大阪市東成区)は、高齢者の歩行を支援する「歩行アシストロボット」を開発、製造、販売するスタートアップ企業だ。同社の藤井仁社長は、大手電機メーカーで、現在の製品の前身となる歩行支援ロボットを開発していた。しかし、その電機メーカーが、ロボット事業からの撤退を決めたことから、他のメンバーと共にスピンアウトし同社を創業した。

◆最初の製品は2015年に発売、その後改良を重ね現在は3代目を販売している。電動アシスト機能を備え、上り坂では自動的にパワーアシストが働いて楽にのぼれ、下り坂では自動的にブレーキが働きゆっくり歩けるなど、安全な歩行を手助けしてくれる。当初からこだわったのは、町中で見かけても違和感のないおしゃれなデザインであること。家電製品のデザインを手がけるデザイナーに依頼して、赤と黒を基調にしたスタイリッシュな外観に仕上げた。

◆藤井社長は「歩行器と言うと、リハビリ施設などで使われているものをイメージするが、それだと、町中で使おうとは思ってもらえない。高齢者が自分で外に持ち出す気持ちになるようなものにしたかった」と開発の狙いを語る。高齢者は足腰が弱ると、引きこもりがちになり、食欲も低下して、さらに筋力が低下し、寝たきりになったり、認知機能が衰えたりといった負のスパイラルに陥っていく。逆に足腰が多少衰えても、それをサポートしてできるだけ自分の足で歩くことができれば、健康を取り戻す道もある。筋力は何歳になっても鍛えることができるからだ。
同社の開発は高齢化社会の課題解決につながるものだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/26号)2025年  
  ~「多能工化」で女性が働きやすい職場づくり~

◆従業員に単一の業務や工程だけの作業を任せるのではなく、複数の業務や工程に対応できるようよう育成することを「多能工化」という。トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)の副社長だった大野耐一が考案した考え方だそうだ。かつて豊田紡績に在籍していた大野は、紡績工場で一人の従業員が複数の機械を操作していたのに、自動車工場では一つの機械しか操作していないことに気付き、多能工化を推進した。世界に名ただる「トヨタ生産方式」を支える管理手法の一つとなっている。

◆「働き方改革」が求められ、人手不足が深刻化する中、多能工化の重要性が改めて認識されている。愛知県安城市の自動車部品メーカー、エーピーシィは2017年から従業員の多能工化を推進し、働きやすい職場づくりに役立てている。65人いる従業員の8割は女性。家庭の事情などで有給休暇を取得したい従業員が気兼ねなく申請できる仕組みをつくるなど女性の活躍推進に取り組む中小企業として知られている。

◆有休取得で工程に欠員が出ても別の従業員を充てて業務に穴が開かないよう従業員のスキルアップを支援。多能工に対応できる人材を積極採用した。人事評価も高くすると、従業員も積極的にスキルを積むようになった。「今では、10~15の工程をこなせる従業員はざらにいる。取り組みを始めて数年で半数以上の従業員が多能工化に対応できるようになった」と安藤寛高社長は胸を張る。厚労省の調査によると、全国の労働者一人当たりの有休取得率は2023年度で約65%だが、エーピーシィは実に80%に上っている。

◆人手不足解消の秘訣を安藤氏に尋ねると、「顧客に対するのと同様に従業員との間で信頼関係を築くこと」を第一に挙げた。従業員から定期的にアンケートを取り、個人面談で要望を聞き、できる限り反映させる。「上下関係でいえば、こちらが上ではなく、働いてもらっている従業員たちが上。担当者まかせにせず、社長自らが動くことが大事」とアドバイスしていた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/19号)2025年  
  ~アトツギになる覚悟と決意を語る4分間~

◆「アトツギ甲子園」というイベントをご存知だろうか。中小企業の後継者や後継候補者が新規事業のアイデアを競うピッチイベントで、中小企業庁が主催している。今年で5回目の開催で、今回は189名がエントリーした。全国6ブロックの地方大会で選出された18名が、2月20日の決勝大会に進んだ。地方大会を勝ち残ると、地域の支援機関がメンターとなり、アイデアやプレゼンテーションのブラッシュアップに力を注ぐ。

◆決勝大会でプレゼンに与えられた時間は4分。その中でアトツギとしての覚悟やなぜ新規事業に取り組まなければならないのかを、審査委員や聴衆に伝わるように語り尽くさなければならない。アトツギとしての苦労を切々と訴える者、インパクトのある登場で聴衆を沸かせる者など18名それぞれが4分間に魂を込めている。こうした姿がまさしく甲子園というネーミングにふさわしい熱さと感動を呼ぶ。

◆今回、18名の中から最優秀賞の経済産業大臣賞に輝いたのは、株式会社あしだ(京都府南丹市)の芦田拓弘さん。家業である林業を「儲かる林業」にするために、閉鎖的だった木材の流通システムにITを導入し、国産材を求めるユーザーに提供するプラットフォームを構築するというビジネスプランが高い評価を受けた。この他にも、特別支援教室の生徒にスイミングクラブの施設を提供して学校水泳を受けさせるプランや新潟で人気のローカルスーパーが米国で日本食をウリにしたスーパーを開業させるプラン、テレビ局で働いていたアトツギが家業の和菓子を世界市場に向けて売り込むプランなど、思わず応援したくなるような事業計画がたくさん披露された。

◆日本の事業承継において、親から子への親族内承継の割合は年々減少している。後継候補者が不在という中小企業も多い。しかし、アトツギ甲子園に登場した彼ら、彼女らが、子どものころから家業にいそしむ親の背中を見て育ち、さまざまな苦悩を経てアトツギになろうと決意した思いを聞くと、日本の事業承継を巡る問題に一筋の光を見たような気にさせられる。アトツギたちの挑戦を応援していきたい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/12号)2025年  
  ~教育内容が変化するなか「先生たちの役に立ちたい!」~

◆1979年の第1シリーズから2011年のファイナルまで放送された往年の人気ドラマ「3年B組金八先生」には、国語科担当の坂本金八先生をはじめ多くの先生が登場したが、技術科の先生は一度も出番がなかった。一方、技術科とセットにされる家庭科は、吉行和子さん演じる池内友子先生が多くのシリーズに登場した。しかし、授業シーンがなかったうえ、独身時代の金八先生が池内先生の実家に下宿していたことから、吉行さんはのちに「みなさんには“下宿屋のおばさん”と記憶されているみたい」と語っていた。

◆「金八先生」では印象の薄い扱いだった技術・家庭科だが、ドラマの完結から14年を経た今、学習内容は大きく様変わりし、中学の技術ではプログラミング授業が行われている。プログラミングは今年1月の大学入試共通テストで必須となった(科目名は情報I)。一方、家庭科では2022年度から高校で金融教育がスタート。これまで教えていた家計管理だけではなく、資産運用や、さらには成人年齢引き下げを受け、金融トラブル防止についても教えることになった。

◆教育内容の変化に苦労しているのが教える側の先生たちである。そんななか「多忙を極める先生たちの役に立ちたい」と起業したのがARROWS社長の浅谷治希氏だ。ITや金融、食品、自動車など様々な企業と連携して最新の情報を盛り込んだ教材を作成し、先生たちに無償で提供する「SENSEIよのなか学」を展開している。2017年のリリース以降、昨年末までに累計200万人の子どもたちが授業を受けているという。

◆「先生ファースト」を掲げるARROWSの取り組みに対し、当の先生たちからは感謝の手紙が届いている。「いつもありがとうございます」との書き出しで始まる手紙に、「自分たちの取り組みが日常的に先生たちの役に立っているのだな、と実感できる」と話す浅谷氏。これらの手紙は社内で回覧しており、社員の原動力にもなっているそうだ。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(3/5号)2025年  
  ~スタートアップの成長をサポート~

◆中小機構は、スタートアップの成長加速を支援する「FASTAR」というアクセラレーション事業を展開している。IPO や M&A を目指すスタートアップ企業や起業家に対し、事業戦略の立案や事業計画の策定などを専門家が1年間にわたって伴走支援する事業だ。2019年から年2回、支援先の募集が行われ、これまでに11回の事業が実施。バイオ・医療機器やAI・ITサービス、環境エネルギーなど幅広い分野にチャレンジする140社がプログラムに参加し、合計約80億円(1~6期)の資金調達に成功している。

◆支援を受けたスタートアップ企業が1年間の支援の成果を披露するピッチイベント「FASTAR 10th Demo Day」が1月31日、都内で開催され、取材をさせてもらった。第10期の支援先19社が登壇。持ち時間4分という短い時間の中で、自社の事業を熱心にアピールした。その中で、特に印象に残ったのが、「蚊で蚊を殺す」手法の実用化に取り組むフィールドワーカーズ(長崎市)の事業だった。

◆創業者兼代表取締役の星友矩氏は長崎大学熱帯医学研究所で蚊やマダニの研究に従事。「感染症対策には研究費以上の資金力が必要」と実感し、2022年に創業した。どういう手法かというと、オスの蚊に特殊な処理を施し、不妊化して放し飼いすることで、蚊の繁殖を抑える、というものだ。蚊は世界で最も人を殺す生物。年間70万人以上が蚊による感染症で命を落としている。「環境への負荷が高い殺虫剤を使わないこの手法が当たり前になる世界を目指す」と星氏は訴えていた。

◆FASTARはフィールドワーカーズのような世界的な社会課題の解決や日本の経済成長に資する設立間もないスタートアップの成長を支援する。販路開拓や法務・契約、会計・財務などさまざまな経営課題に対応。大手企業やベンチャーキャピタルとのマッチングの場も提供する。これまでも多くのスタートアップがFASTARをきっかけに大きな資金や協業先を獲得し、大きな成長を遂げている。
事業課題を抱えているスタートアップはぜひ活用を検討してほしい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/26号)2025年  
  ~外国人労働者に選ばれる国となるには~

◆海外人材を活用しようと考える地域や中小企業は多い。しかし、アジア諸国の人々から見れば、日本はかつて働きたい国の最上位だったのが、最近はその地位が低下しつつある。円安で収入が現地通貨ベースで目減りしていることや、短期間の就労しか認められないことが背景にあるようだ。

◆宮城県気仙沼市で道路舗装などの建設業を営む株式会社菅原工業は、2014年からインドネシア人の技能実習生を毎年3名ずつ受け入れている。菅原渉社長と同社の社員は、最初に来日した3人が地域に溶け込めるよう、寮の近隣住民に事前に説明に回ったり、実習生にゴミの分別のやり方やゴミ出しルールを教えたりといった生活の面倒をきめ細かくみることで、実習生たちが地域に定着できるよう努めた。さらに、イスラム教徒である実習生のために、礼拝堂を建設し、ハラル料理を提供するレストランを開設した。もともと気仙沼は漁業に従事するインドネシア実習生が多くいた。彼らも礼拝堂やレストランを利用するようになり、施設がある「みしおね横丁」はインドネシア人と地元住民が交流する一大拠点となっていった。

◆菅原社長はさらに動いた。「実習生はせっかく技能を習得しても、いずれはインドネシアに戻らなければならない。帰国後も技術を活かせる場を作りたい」と、インドネシアでの起業を決意し、2017年に現地法人を設立した。取り組むのは、道路の舗装事業とアスファルトのリサイクル事業。事業は最初から順調だったわけではないが、菅原社長はインドネシアで資源循環ビジネスを普及させようと毎月現地に赴いて指導を続けている。

◆昨年6月の国会で、外国人が日本で働くための「育成就労制度」に関する法案が成立し、3年以内に施行されることとなった。育成就労制度は「人材育成と就労」を目的としており、従来の技能実習制度にはなかった就労目的を明記し、転職も可能としたことがポイントだ。菅原社長は今回の制度改正について「就労目的が入ったことは一定評価できるが、転職ありきの就労になるのではないか。例えばいったん帰国しても次も就労ビザを取得できるようにするなど、外国人の立場に立った仕組みを考えてはどうか」と指摘する。外国人とともに働いてきた経営者の言葉として傾聴したい。
(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/19号)2025年  
  ~女人禁制の伝統を打ち破った24代目~

◆2018年に開催された大相撲の地方巡業でのことだ。土俵上で挨拶していた地元の市長がクモ膜下出血で倒れた。そこへ観客として会場にいた女性看護師が駆け上がり、救命処置を施した。ところが日本相撲協会側は「土俵から降りて」と指示。大相撲の土俵は女人禁制で女性が上がってはならないのだ。この対応には批判が集まり、その後、同協会は謝罪した。それでも人命にかかわる場合は「例外中の例外」との見解で、女人禁制であることに変わりはない。

◆かつて女性が立ち入れない場所は数多くあった。酒造りの蔵やトンネル工事の現場などが有名で、鋳造所もそうだった。1714年に創業した鋳造業の金森合金(石川県金沢市)も伝統を踏襲したのか、23代目の現社長、金森和治氏まで男性が当主を務めてきた。和治氏には2人の娘がいるが、「跡を継いでほしい」と口にすることはなかった。長女の高下(こうげ)裕子氏も事業承継のことなど全く考えず、東京都内の大学に進学。その後は就職、結婚、さらには海外移住と続いた。帰国を機に金沢に戻り、金森合金に入社したが、「事業承継は意識せず、周囲も私を後継者だとは見ていなかった」(裕子氏)という。

◆ところが、裕子氏の仕事ぶりで周囲の目は大きく変わった。前職での経験を生かして社内のDXを推進し、同社の利益率は改善した。さらに自社ブランドを立ち上げ、最初の製品「針のない剣山」は数多くの賞に輝いた。こうした実績を踏まえ、裕子氏は後継者として認められ、いつしか「24代目」と呼ばれるようになった。

◆開幕まで2カ月を切った大阪・関西万博では裕子氏発案のサインスタンドが会場に設置される。能登半島地震の被災地で発生した廃材を活用したもので、案内や告知などを表示する自立型の看板だ。
万博の期間中、会場でサインスタンドを目にする機会があれば、女人禁制の伝統を実力で打ち破った24代目のことも思い起こしてもらいたい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/12号)2025年  
  ~ネイチャーポジティブをみんなで叶える森づくり~

◆日本は国土の3分の2を森林が占めている。森林率はOECD加盟国でも上位3位以内に入るそうだ。森林は光合成によって大気中の二酸化炭素(CO2)を吸収する。炭素を蓄える「貯蔵庫」として、地球温暖化防止に大きな役割を果たしている。日本の森林によるCO2吸収量は2022年度には約4600万トンに上るが、実はこの数字、日本のすべての森林のCO2吸収量を表しているのではないのだそうだ。

◆パリ協定の下での森林のCO2吸収量は、植林や間伐など人が整備・管理した森林だけが算出の対象となっている。整備されていない森林は計算上プラスマイナスゼロ。枯木の分解や木の呼吸などでCO2を排出しているからだ。樹木は年を取ると若い木に比べて吸収量が減るそうで、古木を伐採し、新たな木を植栽することも吸収量を増やす。したがって、人の手がかけられているかどうかが重要な意味を持っている。

◆大分県日出町で日本在来植物の苗木の生産を手掛けるグリーンエルムは、林業などが行き届かない荒廃した森林を災害にも強く、生物多様性にも貢献する森林へと転換するプロジェクト「里山ZERO BASE」を2024年にスタートさせた。林学博士でもある西野文貴社長がアトツギ甲子園で提案したプランを具体化させた。「荒廃したスギやヒノキなどの人工林にその地域に適した在来種を植えることで、その土地の価値を最大化し、本当の自然資本を構築する。このプロジェクトを企業のCSR活動や『ネイチャーポジティブ(NP)』としてコンサルティングする」という。

◆NPは自然生態系の損失を食い止め、回復させることをいう。その土地に適した在来種(スダジイやタブノキなど)を植えると、根が地中深く張り、根っこ同士が絡み合い山林が強くなる。もちろん、CO2吸収量の増加にも貢献する。プロジェクトに参加した企業には植樹やフィールドワーク、樹木の炭素固定量のモニタリングなどを通じてCSR活動やNPの効果や成果を実感してもらう。経営者や従業員、その家族…。
企業を通じて、多くの人がかかわる新しい森づくりを提起している。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(2/5号)2025年  
  ~日本型スタートアップ支援~

◆国は2022年度からスタートアップ育成5か年計画に取り組んでいる。実際に大学発スタートアップは2022年度に過去最大の増加数を記録するなど、若者の起業への意欲は高まっている。ただ、数が増えればいいというわけではない。たとえ優れた技術シーズがあっても、経営者としての資質や成長に応じた組織としての体制が備わらなくては、事業の継続は危うい。まさに「魔の川」を渡り、「死の谷」を越えなければ進めない困難が待ち受ける。

◆中小機構が運営するスタートアップ支援の枠組みであるFASTARは、約1年間にわたって専門家が成長を加速化させるために必要な事業計画づくりから資本政策、知財戦略、人材戦略などを伴走支援する。これまで11期の事業を実施。バイオ・医療機器、AI・ITサービス、ロボティクス、環境エネルギー分野などで成長を目指す140社が支援を受け、巣立っていった。4月には新たに12期がスタートする。

◆株式会社FuturedMeの宮本悦子代表もFASTAR卒業生の一人だ。宮本氏は「事業計画の作り方や財務データの読み方、資本政策など経営者に必要な素養を学べた。毎回宿題も出されて会社経営をしながら取り組むのは大変だったが、とてもよい学びの機会になった」と振り返る。同社は、がん患者一人ひとりの標的(病気の原因分子)に対する治療薬を届ける技術「CANDDY(キャンディー)」の事業化に奮闘している。

◆スタートアップ先進国の米国は、毎年多数のスタートアップが誕生し、その中のごく少数が成長をおさめ、残りは廃業するいわゆる多産多死型と言われる。失敗を糧に、また新しいことに挑戦する姿勢を評価する風土が根付いていることが背景にある。日本もこれから続々とスタートアップが登場する。しかし、米国のような多産多死型で進めることには不安がある。1社でも多くの企業が事業を継続して成長できるよう支援する環境を整え、それを見てさらに多くのスタートアップが誕生する。結果として日本のイノベーションが加速するこのスタイルを日本型スタートアップ支援として定着させたい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/29号)2025年  
  ~人間って変われるんやな~

◆国内外で60店舗のお好み焼き店を展開している千房(大阪市)が大阪千日前に1号店を開業したのは1973年のこと。同社会長の中井政嗣氏によると、創業時は人手不足で、応募してきた人は経歴も問わずに即採用したそうだ。その中には元暴走族もいたが、入社後にはまじめに働き、店長へ昇進した。「人間って変われるんやな」と思った中井氏はその後、元受刑者を雇用する更生保護も行うようになったという(済生会運営サイト「ソーシャルインクルージョンを考えるWebメディア」より)。

◆2013年、千房を含む関西の企業7社と日本財団が「職親(しょくしん)プロジェクト」を立ち上げた。出所者らの“職の親”になって社会復帰を応援するもので、発起人は中井氏だ。それから10年以上を経て参加企業は517社、雇用者数は延べ882人(昨年10月現在)にのぼる。そしてプロジェクトの関東事務局幹事を務めるのが東京都東大和市の建設会社、栄進の三井有紀代表取締役である。

◆自身も10代の頃に万引で何度か警察の留置場に入れられた経験を持つ三井氏は、反社会的組織に所属していた男性を雇用したことを機に更生保護に取り組み始めた。約1億5000万円をかけて社員寮を整備するなど出所者の生活支援にも力を入れている。いったん就職しても離職する出所者が多いなか、同社では定着率が高く、現在は20~40代の5人の出所者が働いている。

◆こんなケースもある。大学生だった20歳の時に特殊詐欺で逮捕され、4年間服役した後、同社で勤務していた男性が司法書士として新たなスタートを切った。「少しでも社会復帰につながれば」と刑務所内で勉強を始め、国家試験に合格した。まさに「人間って変われるんやな」(中井氏)の具体的事例だ。
三井氏のもとで社会人としての常識をイチから学んだ男性は、司法書士として建設業界に関わる分野で働きたいという。もちろん転職先の司法書士事務所も男性の経歴を承知の上である。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/22号)2025年  
  ~三大秘境の地でキャビアづくりに挑戦~

◆キャビアといえば、トリュフ、フォアグラと並び、世界三大珍味に位置付けられている。チョウザメから採れた卵を塩漬けしたもので、希少で価格が高く、庶民にとってはなかなか口にできない食材だ。チョウザメは欧州やアジア、北米に広く生息しているが、密漁や乱獲の影響でその数を減らし、ほとんどの種が絶滅危惧種に指定されているという。かつては日本でも北海道の石狩川などに生息していたそうだが、事実上絶滅したとされている。

◆日本では採れないチョウザメだが、近年は全国各地で養殖に取り組む事業者が増えている。国産キャビアも広く流通するようになってきた。宮崎県都農町の株式会社キャビア王国も2021年からキャビアの製造販売に取り組んでいる。鈴木宏明代表取締役の実家は建設会社で、同県椎葉村でチョウザメの養殖事業を手掛けてきた。以前は養殖したチョウザメは地元の組合に卸していたが、「自分たちでキャビアまで作りたい」と製造方法を独学で学び、事業を立ちあげた。「アトツギ」による新規事業のチャレンジだ。

◆椎葉村は日本三大秘境と呼ばれ、平家の落人伝説がある地域。「平家キャビア」という自社ブランドを立ち上げた。一時は台風の影響で、養殖していたチョウザメの80%を失う危機にも直面したものの、さまざまな支援を受けて何とか立ち直ることができた。生産するキャビアの評価は高く、今では年間2倍ペースで売り上げが伸びているそうだ。

◆「実家でチョウザメの養殖を手伝っているうちに愛着がわいてきた」と語る鈴木氏。キャビアづくりへのチャレンジには、もう一つの思いがあった。「世界のキャビア市場は200億~500億円といわれているが、市場はどんどん伸びている。そのせいで密漁や乱獲が止まらず、チョウザメが絶滅の危機に瀕している。養殖の生産量を増やし、販売価格を下げる。そのサイクルをつくり、密漁や乱獲を減らしていきたい」。
サステナブルな目線でチョウザメ養殖の意義を強調していた。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(1/15号)2025年  
  ~災害で引き継がれる共助の心~

◆石川県志賀町に主力工場を置く株式会社白山は、昨年1月の能登半島地震で工場に大きな被害が発生した。同社が製造する多心光コネクタ用部品「MTフェルール」は、世界的に需要が急増するデータセンターに必要不可欠な通信部品。供給責任を果たそうと懸命の復旧作業が続いた。最も困ったのが水だった。水がなければ生産も社員のトイレ利用にも支障が生じる。

◆そんな最中、ある取引先企業から連絡が入った。「工場あてに、1200リットルのタンクを送ります」。ほどなく、大型タンク2つと飲料水、衛生用品などの支援物資一式が届けられた。この取引先は東日本大震災の経験から、水の重要さを知っていた。だから、白山の被災を聞いて、頼まれる前から必要な物資をプッシュ型で送ってくれたのだ。白山はタンクに給水車から供給された水を貯め、何とか操業を再開させることができた。濱本和彦生産システム本部長兼石川工場長は「本当にありがたかった」と当時を振り返る。

◆9月に輪島市など能登半島北部は豪雨災害にも見舞われた。濱本さんは被害の状況を知り、自社で製造する無停電電源装置や水を、地元志賀町の職員と2台の車に積めるだけ積んで輪島市に持ち込んだ。電気と水は被災地にとって命綱ともなるものだ。1月に自分たちが受けた支援を、今度は自分たちができることで返したいという一心だったという。

◆折しも阪神・淡路大震災からまもなく30年を迎える。日本はその後も新潟県中越地震、東日本大震災、熊本地震、北海道胆振東部地震、能登半島地震と、数年ごとに大規模地震に見舞われている。災害対策の基本は「自助・共助・公助」と言われている。その中でも共助は、被害を受けた誰かのためになりたいという無償の思いから行われる。助けられた人はその思いを引き継いで、復興の糧とし、また他者を支援する役割を果たすようになる。
災害が多発する国だからこそ、共助の心を引き継いでいきたい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/25号)2024年  
  ~メリークリスマス&ハッピーニューイヤー~

◆きょうはクリスマス。サンタさんからのプレゼントに大喜びの子どもたちも多いことだろう。東京玩具人形協同組合が実施したクリスマスおもちゃ人気投票では「ドラえもんAIパソコン」(バンダイ)が1位に選ばれた。ここ数年売れ行きを伸ばしているデジタルトイで、遊び道具というよりは学習機器。子どもの学力を向上させたいという親心の表れだろう。価格は2万2000円。サンタさんも子どもたちのためなら多額の出費もいとわないようだ。

◆クリスマスはキリストの誕生日である。誕生を祝って東方の三賢人が黄金などを捧げたことがクリスマスプレゼントの由来と言われる。キリストのような偉人に限らず子どもの誕生はめでたい。現在、地球上では年間1億3000万人の赤ちゃんが産まれている。一方で200万人の赤ちゃんが出産時に命を落としている。母親が死亡するケースもある。祝福すべき日が一転して悲しみに変わるのは実につらい。

◆「世界中のお母さんに、安心・安全な出産を!」との理念を掲げるメロディ・インターナショナル(香川県高松市)は、周産期死亡率の低下を目指し、小型軽量化でモバイル型の分娩監視装置「iCTG」を開発した。離れた場所にいても妊婦と胎児の様子を確認できるiCTGは海外15カ国で普及。王妃の第二子出産で有用性を実感したブータンでは国を挙げて使用を推進している。国内でも離島やへき地のほか大規模災害の被災地で活用されている。今年の元日に起きた能登半島地震の際には、産科病棟が被災した石川県七尾市内の病院でiCTGを使って地震の翌日から分娩が行われた。

◆その能登半島地震から間もなく1年だ。復旧・復興がなかなか進まずに苦難の日々を過ごしている被災者も多い。本来お祝いすべき日に悲しみを新たにすることにもなる。励ましの言葉を軽々に口にすることがはばかれるが、あと1週間で迎える新年が今年より少しでも良い年であることを強く願う。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/18号)2024年  
  ~パリ五輪を足掛かりに世界市場に挑戦~

◆今年も残すところわずか。振り返ると、スポーツで盛り上がった1年だった。大リーグでの日本人選手たちの活躍は一年を通じて話題にならない日はなかった。今夏に開催されたパリ五輪では日本勢が躍動した。メダル総数は45個。このうち金メダルは20個。いずれも海外開催大会での史上最多となった。やり投げや跳び込み、近代五種などの種目で日本史上初のメダルを獲得したことも印象的だった。

◆パリ五輪では、表舞台に立つ選手たちを支える裏方として日本の企業も活躍した。その代表となるのが、寝具メーカーの株式会社エアウィーヴ(東京都千代田区)だ。東京大会に続き2大会連続の“出場”。オフィシャル寝具サポーターとして看板商品のベッドマットレスをはじめとする寝具一式1万6000床を選手村に供給した。環境にやさしいリサイクル可能な段ボールのベッドフレームも採用された。長年にわたってアスリート目線で寝具を開発し、質の高い眠りを提供してきた実績が評価された。

◆もともとは高岡本州会長兼社長の伯父が経営していた釣り糸の押出成形機械を製造する会社を起源としている。高岡氏は経営難に陥っていた会社の再建を託されたが、思うように進まず、会社をたたむことも視野に入れていたという。ある日、高岡氏がその会社で製造していた糸状のポリエチレン樹脂素材を見て、「寝具に使えるのでは」とひらめいたことが開発のきっかけとなった。日本を代表する多くのアスリートが愛用するようになり、一般ユーザーへと需要を広げていった。

◆エアウィーヴではパリ五輪を足掛かりに海外へのチャレンジを進めている。「ものづくり企業としてチャンスがあるなら世界に売り込みたい。日本のメーカーとして世界に出ていくことで、日本に活力を与える一助になりたい」と高岡氏は意気込む。中小・中堅企業の海外展開は日本経済再生の大きなテーマでもある。パリ五輪で飛躍した日本勢のように国際舞台でのメダル級の活躍を期待したい。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(12/4号)2024年  
  ~値決めは難しい~

◆「経営の死命を制するのは値決め」とは京セラ創業者、稲盛和夫氏の言葉だ(「稲盛和夫OFFICIAL SITE」より)。自社の製品・サービスにいくらの価格をつけるのかは実に難しい。あまたの経営者が頭を悩ます永遠のテーマといってもいいだろう。デジタル技術で様々な構造物の3次元データ化を手掛けるクモノスコーポレーション(大阪府箕面市)の創業者、中庭和秀社長もその一人である。

◆「2次元の図面に記録している建設・土木の分野でもデジタル技術を生かしたい」と考えた中庭氏は1998年、国内で初めて3Dレーザースキャナーを導入。また起業のきっかけが阪神・淡路大震災だったことから「地震が起きたら真っ先に駆けつける」とのポリシーのもと、東日本大震災など国内外の被災地で復旧・復興に貢献してきている。2004年の新潟県中越地震では崩壊したトンネル内部の被害状況を計測した。大手ゼネコンから依頼されたもので、余震が続き、さらなる崩壊の危険があるなか、スキャナーを使って一晩で計測作業を終えた。

◆無事終了してホッとしたのもつかの間、中庭氏は悩んだ。「いったいいくら請求すればいいのか?」。あれこれ考えた末、150万円ほどを請求することにした。「これでも高いかな、と恐る恐る提示した」という中庭氏に対し、ゼネコン担当者の第一声は「なんだ、これは!」。高すぎる、と突き返されるのかと思いきや、その逆で、「1000万でも2000万でも払っていいと思っていた」ときた。担当者が言うには、その作業を頼めるのはクモノス社しかなく、高額の対価を得られるだけの価値ある仕事だというのだ。中庭氏は自社の仕事の本当の価値を知らされたのである。

◆話には続きがある。それならば、と中庭氏が請求を出し直そうとしたところ、請求書は返してもらえず、「この金額を後日支払います」と担当者。
もらい損ねた差額は実に大きかったが、その後の同社の発展を考えれば価値ある授業料だったと言えよう。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/27号)2024年  
  ~荒廃農地再生に新たなビジネスモデル提起~

◆今年は、深刻な米不足にみまわれた。夏ごろからスーパーの売り場に並ぶ量が激減し、価格が急上昇した。そのうち、売り場からお米は一切みられなくなった。ある東北の米どころに出張した際、立ち寄ったスーパーからもお米が消えていたのにはさすがに驚かされた。新米が流通して不足感はなくなったが、今も相当な高値で販売されている。

◆「令和の米騒動」と呼ばれた米不足。その要因として前年の不作やインバウンドによる消費増、南海トラフ地震の警戒による備蓄需要の高まりなどが挙げられている。特殊要因が重なった結果という分析だが、今の農業の現状を考えると、いつまた起きてもおかしくないのではと不安に駆られてしまう。ここ数年、地方で農業を営んでいた高齢の親類から「米作りをやめた」という連絡が相次いだ。近隣の農家は何軒も空き家になったという。農家が減り、耕作されず荒廃した農地が増えるばかりだ。

◆衰退する農業をどう再生するか。京都府京丹後市の建設会社、マルキ建設の後継者、堀貴紀氏は第4回アトツギ甲子園でユニークなビジネスモデルを提案し、最高賞である経済産業大臣賞を受賞した。ビジネスモデルは「処分場の確保が難しい公共残土を活用し、荒廃農地を再生させる」というもの。2つの社会課題の解決を目指す。整備した農地で大規模で効率的な農業を展開。加工も手掛け、付加価値を高めた商品を販売し収益を得る。「地域の雇用や経済の活性化にもつなげたい。京丹後でこのビジネスモデルを実践し、同じ課題を抱える地域に広げていきたい」と堀氏は語る。

◆2009年の農地法の改正でリース方式による法人の農業参入が全面自由化されて以降、農業に取り組む法人は4000を超えた。農業の新たな担い手として法人への期待は高まっている。堀氏のように斬新なアイデアで農業にチャレンジする企業人が増えてくれれば、日本の農業にも明るい未来が開けてくる。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/20号)2024年  
  ~伝統産業の存続に新サービスの力~

◆「九谷焼」は石川県の能美市をはじめとする金沢市以南で生産される国指定の伝統工芸品。五彩と言われる赤、青、黄、紫、紺青の鮮やかな色使いが特徴だ。明治時代に日本が海外との交易を始めると、九谷焼は欧米で「ジャパンクタニ」として大ブームとなり、当時の輸出陶磁器のトップとなるなど、外貨獲得に貢献した。国内でも花瓶や絵皿が贈答品として人気となり、バブル時代には著名な作家の高額な作品が飛ぶように売れたという。

◆しかし、バブルの崩壊や、人々のライフスタイルの変化で床の間や畳の部屋がない家が増え、贈答品市場は減少傾向が続く。九谷焼の生産や販売に従事する人口も減り、担い手不足も深刻になっている。全国の伝統工芸品産地が抱える課題が九谷焼産地にも影を落としている。1月の能登半島地震は九谷焼産地にも被害を与えた。

◆能美市で九谷焼の生産と卸売りを手掛ける清峰堂の清水則徳社長は、新しい挑戦に乗り出した。九谷焼のサブスクリプション型レンタルだ。飲食店やホテルなどに、毎月定額で九谷焼の作品を提供する。月額1万円から10万円と4つのコースを用意し、さまざまなニーズに対応できるようにしている。「業界初の取り組みで、値付けのやり方や、破損に備えた保険のかけ方など、一から考えなければならなかった」と事業化までさまざまな苦労があったという。

◆お客さんに作品を見てもらうためのショールームを新設し、開業準備も大詰めのところに能登半島地震が襲った。幸い作品はまだ展示していなかったが、工場の仕掛品が割れる被害が発生した。清水社長は被災地向けの補助金を活用してショールームの地震対策を見直し、作品を固定する対応をとったうえで事業化にこぎつけた。

◆「レンタル事業で九谷焼のすばらしい作品を多くの人に見てもらい、九谷焼の伝統技法を持つ職人を守りたい」。清水社長は新サービスに乗り出す意義を語る。インバウンド客も大きなターゲット。ジャパンクタニが国内外で再評価される日の到来を願っている。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/13号)2024年  
  ~愛娘を心の支えに~

◆今年のパリ五輪では数々の感動的なシーンが繰り広げられた。そのひとつが、レスリングの文田健一郎選手が金メダルを獲得した場面だ。東京で銀という「ふがいない結果」(文田選手)に終わったが、昨年1月に誕生した長女に「世界一強いパパになる」と誓い、パリの会場にいた愛娘の目の前で約束を果たした。つらいことも子どものためならば頑張れる。それが親の気持ちだろう。子ども環境教育情報紙「エコチル」(無料紙)を発行するアドバコム(札幌市)の臼井純信代表取締役もそうした親の一人である。

◆臼井氏が2001年に設立した同社は広告代理業が本業だったが、2006年4月に環境問題をテーマにしたエコチルを創刊し、札幌市内の公立小学校で配布を始めた。ところが当初は広告主を確保できず、「出せば出すほど赤字だった」(臼井氏)。広告代理業で稼いだ利益をエコチルが食いつぶす状態が続き、社員も次々と退職。「もう続けていけない」と挫折しそうになった。

◆そんなとき心の支えとなったのが長女の存在だった。そもそも同紙は、長女が2005年に誕生した際、「子どもに誇れる仕事がしたい」という思いを抱いたことから創刊したもの。「この子が小学校に入り、学校でエコチルを手にするまでは頑張ろう」と歯を食いしばり、同紙の発行を続けた。すると2008年の北海道洞爺湖サミットを機に環境問題への関心が高まり、配布を希望する小学校が増え、企業からの広告も相次いだ。その後のリーマンショックでは広告代理業が落ち込んだが、「エコチルを発行していたおかげで乗り切れた」という。

◆そして2012年4月、小学1年生になった長女がエコチルを持って帰宅した。その様子を撮影した写真は妻から携帯電話で送られた。今年9月に取材した際、当時を思い起こした臼井氏は感極まったのか、目を潤ませ、言葉を詰まらせた。話を伺っていた編集子も同じ親として、その気持ちが手に取るように分かった。胸に残る感動的なシーンだった。(編集子)
 
  
  e-中小企業ネットマガジン(11/6号)2024年  
  ~沖縄のソウルフード「てんぷら粉」が商機生む~

◆沖縄料理には不思議な魅力がある。ゴーヤチャンプルーはもはや全国区だが、「にんじんしりしり」は、圧倒的なニンジンの存在感に驚かされながら食べたことがある。豚足を軟らかく煮込んだ「てびち」、こりこりとした食感がたまらないミミガーやチラガー。ふだんあまりお目にかからない食材がおいしく調理され、味つけも特徴的で後を引く。特に「てびち」が好物で、無性に食べたくなる時がある。ちょくちょく都内のアンテナショップに立ち寄っては沖縄の食材を買い求めている。

◆沖縄を代表するソウルフードに「天ぷら」がある。一般的な天ぷらとは異なり、具が分厚い衣で覆われている。外はサクサク、中はふわふわもっちり。衣にあらかじめ味がつけられていて、天つゆをつけずにそのままパクリと食べられる。おやつとして、酒のつまみとしても親しまれている。

◆宮古島市の伊良部島で水産加工業を手掛ける浜口水産は、沖縄天ぷら用に下ごしらえを済ませた「魚屋のてんぷら粉」を2019年に商品化し、思わぬビジネスチャンスをつかんだ。全国にチェーン展開する食品小売店の目に留まり、製造を依頼している地元の製粉会社を通じて全国でも扱われるようになった。

◆代表取締役の浜口美由紀氏によると、商品化のきっかけはコロナ禍だったという。宮古島の公設市場で沖縄天ぷらを販売していて、「日々揚げる天ぷらの味付けを均一化するため、製粉会社に依頼して業務用につくってもらった」と浜口氏。しかし、コロナ禍で島だけでのビジネスは厳しい状況になり、一般向けの販売にチャレンジ。沖縄本島の産直売り場で試食販売するなど地道な営業を重ね、ビジネスが大きく開花した。

◆メディアを通じて沖縄天ぷらの存在は知ってはいたが、今回の取材で初めて試食させてもらった。衣が厚い分、食べ応えがあって腹持ちがいい。とてもおいしかった。沖縄ではファストフードのような感じで販売しているところもあるそうだが、沖縄以外でも十分通用するような印象を持った。沖縄料理のポテンシャルを再認識させてもらった。(編集子)
 
     
     
 

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