コラム(中小企業庁メールマガジンより抜粋)

     
     目次 
        2/14号「アジフライの聖地で事業をステップアップ」
2/7号「営業活動なしで大学シェアトップに、決め手は人柄の良さ」
1/24号「社員を徹底的に大切にする経営で成長」
12/13号「伝統文化を守り続ける襖メーカーの「行幸記念日」
12/6号「ブームに陰り・・経営を見直す機会に」
11/29号「羽田に新たなイノベーションの拠点」
11/22号「出所者の”居場所づくり”を続ける協力雇用主
11/15号「超高齢社会を持続可能に」
11/8号「磐梯山に見守られ、会津でモノづくり」

11月1号「ピアノ→クルマ→ボート・・浜松だからこその事業展開」
10/25号「鉱山を支えた技術が成長の原動力」
9/20号「応援を力にして夢をかなえる」
8/30号「御堂筋の一方通行も始まりは大阪万博」
8/16号「経営者に一生の友となりえる出会い・・」
8/2号「リーマンショックの逆風をてこに新事業展開」
7/26号「DA成功のカギは経営者にあり!」
7/19号「世界に発信できるブランド名「TOKYO WOOD」

7/12号「DXと大正時代の駅舎」
7/5号「宇宙のモビりテイを開発」
6/28号「現状に甘んじることのなき不動産業者」             
  中小企業ネットマガジン(2/14号 )   
  ~アジフライの聖地で事業をステップアップ~

◆長崎県の北松浦半島北東部にある松浦市は、アジの漁獲量全国一を誇る。
市は「アジフライの聖地 松浦」を宣言し、市内の飲食店で提供するアジフライ
を紹介したアジフライマップを作成するなど観光振興にいかしている。
編集子も昼食でアジフライ定食をいただいたが、お皿にドーンと乗ったアジ
フライのボリュームに驚き、食べてそのふっくらしたおいしさにまた驚いた。
2022年には同市沖で元寇船のいかりが引き上げられた。今後元寇船本体の引き
揚げも計画されており、アジフライに次ぐ新たな観光資源として期待が高まって
いる。

◆松浦市に本社を置く株式会社稲沢鐵工は、住宅用階段メーカーとして全国に
階段を供給している。同社は町の鍛冶屋として創業し、その後鉄工所を営んで
きた。しかし、下請け型事業では将来厳しいと考えた稲沢文員社長が階段
メーカーへと転身させた。同社が扱う階段は、スタイリッシュで意匠性の高い
デザイナーズ階段と呼ばれるもの。建築現場にパーツを送り、現地で階段に
組み立てることで、作業性向上や汚れが付きにくいといった特徴がある。

◆社内には若い人材がたくさん働いている。2018年に新工場と新本社を建設
するのに合わせて働きやすい社内環境を整えた。本社オフィスは1階に
たくさんの階段があり、2階にあるオフィスには、どの階段を使ってもいい
ようにしてある。その日の気分や自分の机に近い階段から上がるなど、楽しみ
ながら階段の使い勝手を確認できるように工夫している。また、女性の活用
にも熱心で、デザイナーズ階段の設計や営業で全国を飛び回る活躍をしている。

◆新事業として小型家具や家具とコラボした棚や小物製品などにも挑戦して
いる。工場には最新鋭のレーザー加工機や自動供給装置があり、生産性の高い
モノづくりを支えている。まさに、階段を1段1段上がるように、事業内容や
従業員の満足度を高める経営をしている。

◆稲沢社長は現在、中小機構の中小企業応援士に就任するとともに、松浦商工
会議所会頭も務めている。自社の事業に加え、地域や中小企業の振興にも
その手腕をふるう。「利益より存在価値を重視したい。お客様の満足、社員の
満足を高めることが成長につながる」と考え、地域における自社の役割を自覚
する。若い社員が考案したアジフライのキーホルダーは、観光客のお土産と
しても人気だ。(編集子)  
 
 
  中小企業ネットマガジン(2/7号 )   
  ~営業活動なしで大学シェアトップに、決め手は人柄の良さ~

◆取材であちこち出かけると思わぬアクシデントやトラブルに遭遇することも
ある。先日、東京から岡山県の山あいの村に向かっていた際、JR在来線で信号
トラブルが発生。新幹線で姫路駅まで着いたが、そこから先へは進めなく
なった。とりあえず取材相手に電話連絡したところ、相手は「これから車で
行きます」。なんと片道2時間もかけて姫路まで来てくれたのだ。

◆その取材相手は合同会社MAMO(マモ)の創業者、半田守氏。レスリング選手
として全国優勝の経験を持つ半田氏は、引退後に一般企業での勤務を経て、
多くのベンチャーが集う岡山県西粟倉村に移住。シングレット(レスリング
ウェア)の受注生産を手掛ける会社を2019年に立ち上げた。高い品質と洗練
されたデザインを追求したシングレットは全国各地の大学レスリング部を
中心に顧客を獲得し、創業から短期間で大学シェアのトップとなった。驚いた
ことに、半田氏は営業活動をほとんどすることなく、口コミでMAMOを知った
大学側から注文が入ってきたというのだ。

◆指導者に対する素直な態度、練習に熱心に取り組む姿勢など、半田氏の現役
時代を知る先輩や同僚らが「アイツがやっているなら」として発注すると
ともに、他のレスリング関係者にも声をかけていた、というのだ。にわかには
信じがたい話かもしれないが、取材当日に姫路まで出向いてくれた半田氏の
人柄の良さを実感できた編集子は「さもありなん」とすぐさま納得がいった。

◆MAMOは東京五輪の金メダリスト、須崎(崎は立つ崎)優衣選手も愛用して
いる。早稲田大学時代にMAMOを着用していた須崎(崎は立つ崎)選手は、
卒業後もMAMOのシングレットで試合に臨み、今夏のパリ五輪代表の座を勝ち
取った。五輪で代表選手は大手メーカー製のシングレットを着ることになるが、
パリで連覇を目指す須崎(崎は立つ崎)選手に対して半田氏は熱いエールを
送る。もちろん、編集子も須崎(崎は立つ崎)選手を応援する気持ちが一段
と高まっている。(編集子)
 
 
  中小企業ネットマガジン(1/24号 )   
  ~社員を徹底的に大切にする経営で成長~

多くの中小企業にとって経営課題となっている人手不足問題。中小機構の
景況調査(202310-12月期)によると、全産業の従業員数過不足DI3
連続で悪化し、深刻さを増している。実際、「後継者等の人材不足、協力会社
の確保が困難で、受注見送り、入札辞退になっている」「仕事はあるが熟練
技術者が不足している」など、人手不足が要因で受注拡大の好機を逃している
という経営者の悲痛な声も聞かれる。

山口県周南市で食品衛生や食品包材を手掛ける株式会社ブンシジャパンも、
8
年前まで同じ悩みを抱えていた。「せっかく採用して育てた社員が中途で
退職してしまう、会社の経営も厳しい」。当時の同社は、多くの企業と同様に、
経営の数値目標を掲げ、社員にもノルマを課していた。しかし、同業他社との
価格競争に巻き込まれ、利益は上がらず、「ボーナスが払えない時代もあった」
と藤村周介社長は振り返る。社員は疲弊し、退職していくという悪循環だった。

そこで藤村社長が悩みに悩んで導き出したのが、「人を大切にする経営に
舵を切る」ということだった。まず、数値目標を会社として作成するのを
やめた。さらに社員の評価制度も大きく見直した。社員教育に力を入れ、社員
一人ひとりがどういうスキルを持てば評価のランクが上がるのかをすべて見える
化した。顧客に対しても単に価格を提案するのではなく、企業の困りごとを
解決する付加価値型の提案を強化した。社員はノルマから解放され、自らの
創意工夫で安値でなくても受注できることを知り、働くことへの意欲にも
つながった。結果として同社の離職率は現在実質0%を達成している。

言葉で書くのは簡単だが、ここに至るまでには多くの苦難もあった。だれも
が納得する評価制度とするために改定を重ね、社員との対話にも多くの時間を
割いた。あくまで安値のみを求める取引先を失うこともあっただろう。しかし、
社長が覚悟をもって方針を貫けば、会社は大きく変わることを同社は証明した。
コロナ禍を経て同社の業績も好調だという。(編集子)
 
 
  
  中小企業ネットマガジン(12/13号 )    
  ~伝統文化を守り続ける襖メーカーの「行幸記念日」~

会社独自の休日といえば創立記念日が一般的だが、「行幸記念日」という
格調高い休日を設けているのが、伝統的な襖作りを手掛けるハリマ産業
(千葉県松戸市)だ。2005年(平成17年)715日、同社に天皇陛下(現在の
上皇さま)が訪問されたのを記念し、翌年から毎年715日を休日としている。

同社の大久保謙一代表取締役によると、ご訪問の数カ月前に宮内庁から
電話で連絡があったという。翌日から同社の上空を警察のヘリコプターが連日
飛行するなど、状況は一変。社内も対応に大わらわだった。とくに念入りに
準備を進めたのが陛下との懇談。当日は経済産業大臣や千葉県知事、侍従らが
同行するのだが、懇談には同行者は加わらない。「陛下と私たちだけだと
知らされ、驚いた。失礼がないよう10人ほどの従業員を選んで何度も想定問答
の練習を重ねた」(大久保氏)という。

そして迎えた当日。陛下が襖作りの全工程などを視察された後、懇談が
開かれた。緊張感がピークに達するなか、陛下は「この中で一番の年長者は
どなたですか?」とご質問。当時70歳のパート女性が答えると、「私と同じ
ぐらい古いですね」と陛下(当時71歳)。これで場の雰囲気は一気になごみ、
準備していた答えはほとんど不用になったという。

気さくにお話しする陛下はこうも発言されたという。「襖は少なくなったが、
宿泊したホテルなどに襖があると落ち着く。これからも日本の伝統文化を後世
に伝えていただきたい」。このお言葉で「腹をくくった」と大久保氏は振り
返る。それまで社内では「襖だけではだめだ」という声が事あるごとに出て
いたが、ご訪問を境に全く聞かれなくなったという。

現在、一定の売上規模を持つ襖メーカーは関東で3社、全国でも10社を
切っており、同社はその中の1社である。陛下のご訪問という栄誉を記念した
行幸記念日は、今後も伝統を守り続けようという決意のあらわれなのかも
しれない。 (編集子)

 
  
  中小企業ネットマガジン(12/6号 )   
  ~ブームに陰り経営を見直す機会に~

◆2010
年代後半に大きなブームを巻き起こした「高級食パン」。スーパーなどで
売られている一般的な食パンよりも高額だが、素材や製法にこだわり、味も
おいしい。「お金はそれほどかけられないが、ちょっとだけ贅沢したい」。
そんな「プチ贅沢」を楽しみたいという消費者のニーズを取り込み、全国的な
広がりをみせた。

埼玉県所沢市の有限会社かんながらは、2018年から高級食パン店「考えた人
すごいわ」を展開している。著名なベーカリープロデューサーがプロデュース。
東京・清瀬に一号店を出店し、全国に店舗を広げている。「小麦や塩、バター
だけでなく、高性能の浄水器を導入するなど水にもこだわって、パン作りを
している」と代表取締役の大舘誠氏。口どけの良さとコクが特徴で、トーストを
せずに生で食べるのがおすすめ。固定客の胃袋をしっかりとつかんでいる。

行列ができるほどだった「高級食パン」ブームも2020年を過ぎると陰りが
見え始めた。急激な環境の変化に大舘氏は「これから先、どうしたらいいか」
と漠然とした危機感を持っていたそうだ。そこで、所沢商工会議所の門を
たたき、経営サポートを受けることにした。

いかに経営を安定化させ、さらなる成長の足がかりをつかむかが大きな
テーマ。長期間にわたる伴走型支援を受けながら、漠然とした課題を明確にし、
自らが課題解決に取り組む。意識改革は経営者だけでなく、幹部社員たちにも
及ぶ。サポートを通じて「経営者と従業員という分け方ではなく、全員で会社を
経営するという意識を持った」と大舘氏は語っていた。

逆風のときこそ経営者の真価が問われる。同業他社の閉店が話題になる中で、
「考えた人すごいわ」は大きく店舗を減らすことなく堅実に店舗を運営して
いる。今後、イートインコーナーを併設した総合型ベーカリー店や米粉を
使ったパンを販売する新たな業態の店舗の開発にチャレンジする考えだ。
「甘い感覚が抜け切れていない中で、対応が後手に回っていた」と反省して
いたが、商工会議所のサポートは、むしろ先手を打った対策だったと感じる。
(
編集子)
 
  
  中小企業ネットマガジン(11/29号 )   
  ~羽田に新たなイノベーションの拠点~

日本の空の玄関口である羽田空港があるところは、空港が開港する前から
「羽田」と呼ばれていた。地名の由来は、川をはさんで島が左右にある様が、
鳥が翼を広げているように見えたからや、干潟を開墾した土地を墾田(はりた)
と呼んだものが転じたなど、諸説あるようだ。なんにせよ、空港をつくるのに
ぴったりの地名であることは、誰もが認めるところだろう。

羽田空港に隣接する「東京都大田区羽田空港1丁目」に先ごろグランド
オープンを迎えた「Haneda Innovation City」は、滑走路を沖合に移設した
ことに伴って生まれた跡地を利用して、官民連携で整備した大型複合施設。
先端産業と文化が融合し、分野を超えて様々なヒト・モノ・コトの交流を誘発
することをコンセプトとしている。先端医療の研究者と大田区の町工場の
エンジニアなど、従来なら交わることがなかった人々が、足湯につかりながら
自由に議論を交わす。エリア内には自動運転車が走行し、道案内はロボットが
してくれなど、近未来の日本の姿も体験できる。

編集子が訪れた時は、大田区産業振興協会による「減らす」をテーマにした
展示会が開催されていた。大田区の中小企業が「ごみの嵩を減らす」、「製造
時間を減らす」、「重量を減らす」など、何らかの「減らす」を実現できる
技術や製品を展示した。会場は減らすことに課題を抱える企業の人たちが
集まり、出展者に具体的なテーマで問い合わせをするなど、大いに賑わっていた。

羽田空港は昭和6年に民間専用飛行場「東京飛行場」として開設したのが
始まり。滑走路はわずか300メートルだった。そこから幾多の変遷を経て
世界でも有数の規模を誇る現在の姿へと変貌を遂げた。「Haneda Innovation
City
」は空港まで徒歩で行ける抜群の立地の良さを誇る。「アメリカの大学の
あの先生の話が聞きたいから、ちょっと行ってきます」と、気軽に世界に飛び
立てる気持ちにさせてくれる。ここから新しいイノベーションが生まれる
ことに期待したい。(編集子)
 
 
  
  中小企業ネットマガジン(11/22号 )   
  ~出所者の居場所づくりを続ける協力雇用主~

「過去負う者」という映画が上映されている。実在する受刑者向け求人誌の
活動をヒントに、刑務所の出所者の社会復帰という重いテーマを扱っている。
ひき逃げで10年服役した後に中華料理店で働く男性をはじめ、就職したものの
社会の不寛容という壁に突き当たる出所者の苦悩が描かれている。

日本では出所者の約半数が再び犯罪に手を染めている。その大きな要因の
一つが就労だ。周囲の偏見などから仕事に就けず、経済的に困窮したり社会的に
孤立したりする。再犯者の7割は犯行時に無職だったというデータもある。
政府は2016年、再犯防止推進法を施行し、自治体や民間企業などと連携して
出所者の就職などを支援。雇用に協力したいとする「協力雇用主」も
24000社にのぼっているが、実際に雇用している企業は5%ほどにすぎない。

そんななか「仕事に就いて収入を得られれば再犯を防げる」と考え、
更生保護に取り組んでいるのが解体工事などを手掛けるLCC株式会社
(島根県出雲市)だ。協力雇用主として登録し、現在5人の出所者を雇用
している。代表取締役の坂本裕太氏は保護司として活動しているほか、
雇用した出所者の家賃や生活費の一部を個人的に援助することもあるという。

一方で、雇用した出所者が行方をくらまし、その後、逮捕されていたことが
わかったというケースも。周囲からは「あそこはムショ帰りを雇っている」
との声も聞かれた。実際に雇用している協力雇用主が少数にとどまっている
のも、取引先など周囲の理解が得られないのが理由の一つだという。

映画「過去負う者」では、苦悩する出所者のため演劇による心理療法を
採用し、出所者が稽古を重ねて舞台公演するというストーリーが展開する。
しかし、舞台初日の観客の反応は厳しいものだった。社会復帰の前に不寛容
という大きな壁が立ちはだかっているのが現実だが、それでも坂本氏は
「出所者の居場所づくりを続けたい」と話している。(編集子)
 
 
   
  中小企業ネットマガジン(11/15号 )    
  ~超高齢社会を持続可能に~

「団塊の世代」という言葉を知っている若い世代は少ないのかもしれない。
戦後間もない1947年~1950年の第1次ベビーブームのころに生まれた世代の
ことだ。年間出生数は毎年250万人を超えていた。今の3倍の子供が生まれて
いた計算になる。高度成長期が就職時期で、働き盛りの40代にバブル期を経験。
日本の生産や消費、文化を牽引してきた世代だ。

その団塊世代が75歳以上の後期高齢者にさしかかっている。「2025年問題」
といわれ、雇用や医療、福祉など幅広い分野に影響を与えるのではないかと
懸念されている。その15年後には、団塊世代の子供たち、「団塊ジュニア」
世代が65歳以上になる。高齢者人口がピークとなる「2040年問題」が待ち
構えている。

島根県松江市で高齢者施設向け調理済み食品の製造・販売など手掛ける
モルツウェルは、「2040年問題」に向けて、高齢者の食を支える新たな
ビジネスモデルの構築にチャレンジしている。働きたい意思のある障がい者を
高齢者施設の厨房スタッフとして働けるようにする取り組みだ。

「障がいを持った人たちは、その時の精神状態によって仕事ができたり、
できなかったりする。その心の動きを『見える化』して、指導員が適切な
指導や対応ができるよう支援する」と野津積社長は説明する。障がい者就労
支援事業所などと連携し、ビッグデータとITを活用して「障がい者の気持ち
見える化システム」の開発を進めている。

モルツウェルでは、「真空調理法」で調理したメニューを全国の高齢者
施設などに届けている。食材を皿に盛り付け、再加熱するだけで健康に配慮した
美味しい料理が食べられる。障がいを持っている人でもしっかり支援をすれば、
盛り付けから配膳までワンオペレーションでこなすことができるそうだ。

「高齢者施設の厨房は働き手が少ない分野。一方で、就労支援事業所の
多くは赤字経営といわれている。この取り組みが全国に広がれば、少なくとも
3
万人の雇用を生む。自立する障がい者を増やすことができる」と野津氏。
高齢者施設の人手不足と障がい者の働く場の確保という2つの社会的課題の
解消への貢献が期待される。(編集子)
 
 
 
  中小企業ネットマガジン(11/8号 )   
  ~磐梯山に見守られ、会津でモノづくり~

磐梯山は日本百名山にも数えられる福島を代表する山だ。明治時代の大爆発で
山体が大きく変わったが、同時に五色沼などさまざまな湖沼が形成された。
今では登山客が足を止めて魅入るほどの美しい景観をみせている。あざやかな
紅葉が過ぎ、まもなく本格的な冬支度のシーズンを迎える。

会津若松市にある株式会社サンブライトの主力工場は、磐梯山が一望できる
高台の河東町工業団地にある。同社はここで、高級カメラや航空機、自動車
向けマグネシウム合金の切削加工を行っている。マグネシウムは実用金属中で
最軽量の金属だが、加工が難しい。同社は他社ができない困難な課題に挑戦し、
実績を積み重ねることで、多くの取引先から頼りにされる存在となった。

同社がこの地でモノづくりを始めたのは201112月。同じ年の3月、本社が
ある双葉郡大熊町が原子力発電所の事故で避難命令が出され、操業できなく
なった。渡邉忍社長は「再開は無理だな」と思っていたが、社員の熱意と取引先
カメラメーカーの支援、さらには会津若松市役所の強力な後押しで、震災から
わずか9か月で新工場での操業再開を成し遂げた。立ち入り禁止区域にある
本社工場から、線量計を携えた社員が機械設備を持ち出すなど、苦難の末の再開。
渡邉社長は「必ずこの会社を成長させる」と心に誓った。

同社は着実に事業の幅を広げるとともに、会津若松市の伝統工芸に従事する
企業と連携して、高級なくしを開発するなど、地域に根付いた活動も始めて
いる。本社工場は今も帰還困難区域のままだ。渡邉社長は大熊町の復興に協力
したいという気持ちは持ち続けつつも、会津でのモノづくりの継続を決めている。
本社工場から一緒に移ってきた社員も、子供たちの多くは会津で生まれ育った。
その子たちにとっては会津がふるさとだからだ。大災害に見舞われながらも
美しい姿をたたえる磐梯山に見守られ、同社は会津と大熊町、二つのふるさとを
思いながら事業を続けていく。(編集子)
 
 
 
  中小企業ネットマガジン(11/1号 )   
  ~ピアノクルマボート浜松だからこその事業展開~

先日、静岡県浜松市を訪れた際、地元・浜松商工会議所の職員からこんな
クイズを出された。「浜松アクトタワー(JR浜松駅前の高層ビル)はなんの
形をモチーフにしているか?ヒントは浜松にちなんだもの」。往年の人気刑事
ドラマ「古畑任三郎」にも登場した同ビルは確かに特徴的な外観だ。結局、
正解は出せず、「答えはハーモニカ」と教えられた。浜松には有名楽器メーカー
があり、音楽の街として知られるのだ。

その音楽の街の代表的な楽器といえばハーモニカ、ではなくピアノだろう。
ヤマハの創業者、山葉寅楠は1900年からピアノを製造。ヤマハから独立した
河合小市は1927年に河合楽器を設立した。そのため浜松周辺にはピアノ関連の
仕事を行う業者も数多い。1963年創業の原田塗装工業所(1989年に浜松市から
隣の磐田市へ移転)もそのひとつで、当初はピアノの塗装を手掛けていた。

浜松は、楽器だけでなく、バイクメーカーの創業の地としても有名だ。原田
塗装工業所もやがて二輪車部品の塗装に転換。さらに2008年のリーマンショック
後には、同じく浜松で製造が盛んな四輪車に対象を広げ、今では四輪車部品の
塗装が中心に。時代の流れとともに事業内容を変えてきている。ところが、
課題も見えてきた。二輪車と合わせて売上の9割を車部品の塗装で占め、顧客
としては自動車部品メーカー1社に7割ほどを依存しているのだ。

こうした偏りを是正するため同社は新規事業を模索。目を付けたのは船外機
だった。浜名湖に近くプレジャーボートの生産も盛んな立地条件を活用しよう
という狙いだ。コロナ禍で密を避けられるレジャーとしてボートの需要が
高まったことも追い風となり、船外機の塗装は出足好調だ。こうした事業展開が
できるのも、多くの産業が発展している浜松だからこそ。冒頭のクイズに戻るが、
ヒントを出されても「浜松にちなんだもの」が次々と頭に浮かび、さほど役に
立たなかったのが実情だ。(編集子)

 
 
  中小企業ネットマガジン(10/25号 )  
  ~鉱山を支えた技術が成長の原動力~

秋田県にはかつて多くの鉱山があった。奈良時代以前に見つかったと
伝えられる鉱山をはじめ、江戸時代には400超の鉱山があったそうだ。
金・銀・銅・鉛などのさまざまな金属がさかんに採掘された。戦後には県
北部で銅や鉛、亜鉛などを豊富に含む黒鉱の鉱床が発見され、ブームに
沸いた。黒鉱の採掘は1990年代まで続いた。

大館市で建築鉄骨や橋梁・水門などの鋼構造物の設計・製造などを手掛ける
東光鉄工は、秋田の鉱業の発展とともに成長した会社だ。創業は1938年。
東京・亀戸で建築機械を製作していたが、戦時下の1944年に大館市に疎開。
この地を拠点に事業を続けた。地元が黒鉱ブームに沸く1964年ごろから、鉱山
向けに機械設備や坑道を支える坑枠などの製造を始めた。

将来の資源の枯渇を見越し、鉱山で培った技術とノウハウを活かして積極的に
多角化を推し進めた。大きな武器となったのが、坑枠の製造に活用して
いた「冷間曲げ加工」と呼ばれる技術だ。高い熱を加えずに鋼材を曲げる
加工法で、精度が高く、高強度に仕上がる。「曲線を強調したデザイン性の
高い建造物などに利用され、取引先からは『曲げの東光』といわれるほどの
高い評価を受けている」と菅原訪順社長は胸を張った。

その技術を応用して1989年に開発した「TOKOドーム」は倉庫や格納庫、
防災シェルターなど幅広い用途に利用されている。アーチ状に曲げたデッキ
プレートを現場に持ち込み、短期間で組み立てる。柱がなく、空間を有効活用
できるところが大きな特徴だ。南極・昭和基地でも格納庫や倉庫などに活用
され、重要な社会インフラとしての存在感を高めている。

足元では、原材料やエネルギー価格が高騰。「鋼材価格は2年ほどで2
近く上昇した。値上がりのスピードがあまりに早く、見積書の作成が困難に
なるほど」と菅原社長は打ち明けた。逆風を跳ね返すため、原子力事業、洋上
風力事業、防衛産業の3分野を重点市場に据え、新たな市場開拓に取り組む。
「創造と挑戦を実践しながら100年企業を目指す」と菅原社長は意気込んでいる。
(
編集子)

 
  
   中小企業ネットマガジン(9/20号)  
  ~応援を力にして夢をかなえる~

米大リーグの大谷翔平選手は夢をかなえるために目標達成シートを活用して
いる。シート中央に目標(夢)を書き込み、達成するために必要な要素を周りに
記入するものだ。目標達成に向けてはこんな発言もしている。「ずっと目標にし、
それをチームメイトに伝えたり、紙に書いたりしていたからだと思います。
そうやって自分にプレッシャーをかけていないと努力しないので」。高校3年の
大谷選手が岩手大会で大きな目標だった時速160kmの剛速球を投げられた理由
について聞かれたときの答えだ。

大谷選手と同様、「夢を口にする、形にしてみる、話し合ってみる。それが
夢をかなえる第一歩」だと話している人がいる。山形県高畠町で菓子工房COCO
(ココ)イズミヤを経営する庄司薫氏だ。庄司氏は子どもたちの夢の実現を
応援していく「夢ケーキ」というプロジェクトに取り組んでいる。子どもたちが
自分の夢を絵に描き、パティシエと一緒に夢を描いたケーキを作ってプレゼント
するという企画だ。

出来上がった夢ケーキを囲んで子どもの夢について両親らと一緒に語り合う
ことで子どもたちの夢の実現を応援する。それが庄司氏の想いである。10年前
からイベントを始め、小学校などから依頼を受けるほどの人気イベントになった。
コロナ禍で中断したが、現在はキッチンカーを導入しており、開催依頼に対し、
より柔軟に対応できる態勢を整えている。

こうしたイベントの際に庄司氏は夢を口にすることの大切さを語っている。
ただ、自分にプレッシャーをかけるためというストイックな大谷選手とは異なり、
「夢のことを聞きつけて応援する人が出てくる」と庄司氏は話す。庄司氏自身、
夢だった新店舗建設について機会あるごとに人に話していたところ、応援する
人たちが徐々に現れた。コロナ禍もあって実現は厳しいと考えていたが、周囲の
応援を力にして「だんだんやれる気になっていった」という。その店舗は今年
12
月にオープンの予定だ。(編集子)
 
  
  中小企業ネットマガジン(8/30号)   
  ~御堂筋の一方通行も始まりは大阪万博~

大阪のキタ(梅田)とミナミ(難波)を結び、市中心部を南北に貫く御堂筋。
「雨の御堂筋」をはじめ数々の歌にも登場する大阪のメインストリートだ。
長さ4km6車線もある御堂筋は元々対面通行だったが、1970年の大阪万博が
きっかけで南行きの一方通行になった。すでに渋滞が慢性化するなか、万博が
開かれれば混雑はいっそう深刻になる。そうした事態を避けるため開幕2カ月
前の同年1月に一方通行化され、今に至っている。

御堂筋の一方通行のように、大阪万博を機に導入・普及となったものは多い。
たとえば動く歩道やモノレール、電気自動車、携帯電話など。ケンタッキー
フライドチキンはアメリカ館で日本に初お目見えし、明治ブルガリアヨーグルト
は同社社員がブルガリア館で本場のヨーグルトを試食したことがきっかけで
誕生した。大阪ではエスカレーターで左側を空けるという習慣も万博が始まり
だといわれる。

シヤチハタのインク浸透スタンプ「Xスタンパー」も万博で注目された商品だ。
スタンプ台でインクをつけることなく何度もスタンプを押せるもので、10
以上の開発期間を経て1965年に発売。当初は苦戦したが、万博で一変した。
各パビリオンが記念スタンプとして「Xスタンパー」を設置したところ、
スタンプ台不要という便利さが評判に。会期途中から設置するケースもあり
最終的には約40カ所のパビリオンで使用された。認知度は一気に高まり、万博
後には2倍、3倍と売れ行きを伸ばしていった。「出展の目的は一人でも多くの
方にXスタンパーを実際に使ってもらい、便利さを感じていただくこと」
(同社の舟橋正剛社長)。狙いはまさに的中した。

◆2025
年には同じ大阪で大阪・関西万博が開かれる。空飛ぶクルマや70年万博
にも登場した人間洗濯機など話題の出展があるが、「Xスタンパー」のように
中小企業の技術・製品が注目されるかもしれない。(編集子)
 
 
  中小企業ネットマガジン(8/16号)   
  ~経営者に一生の友となりえる出会い 中小企業大学校東京校~

日本政策金融公庫の調査によると、中小企業で後継者が決まっており後継者
本人も承諾している「決定企業」は10.5%にとどまるという。5年前の調査で
12.5
%だったのがさらに減少した。一方で「廃業予定企業」は57.4%(5年前は
52.6
%)にものぼる。衝撃的な結果で、事業承継問題に真剣に取り組まなければ、
近い将来、日本の中小企業は大幅に減少する危機に見舞われている。今や、わが
子が会社を継ぐのは珍しい時代になっている。

中小企業大学校東京校には、国の機関が実施する後継者を育成する専門コース
「経営後継者研修」がある。中小企業の後継候補となっている若者が10か月間
全日制で学ぶという全国でも珍しい育成方法を採る。学内には寮もあり、寝起きを
共にしながら、経営についてみっちりと学んでいく。研修生には担当講師が付き、
マンツーマンに近いかたちで経営者としての心構えを習得していく。

先日、第43期の研修生が研修の成果を披露するゼミナール論文発表と、終講式が
開催された。21人の研修生が、自分がこれから経営を担う会社について、課題に
基づく改善点などを披露した。どれも力のこもった力作ぞろい。発表会には、
研修生を送り出した企業の社長さんやゼミナール担当講師も参加していた。ある
社長は研修に送り出したわが子の成長に目を細めながらも、「現実の経営は
この通りにはいかない」と叱咤激励の言葉を贈っていた。印象に残ったのは、
ひとりの研修生について担当講師が講評した時のことだ。「正直に言って最初は
あなたが企業経営者になれるのか、と思っていた。それが10か月で経営者としての
自覚を持ち、向き合うようになってくれた」と、担当講師は途中から涙声になり
ながらも、その研修生の成長を評した。

◆21
人の若者はいろんな思いをもって、大学校にやってきた。中には、親である
社長から言われて来ただけ、という人もいただろう。それが、後継者の卵という
同じ立場の人間が互いに学びあい、刺激を受けあうなかで、後継候補としての
覚悟が築かれていった。その姿を見てきたからこそ、講師は涙を流したのだろう。

「経営者は孤独だ」とは、よく聞く言葉だ。厳しい経営判断を誰にも相談
できずに決断しなければならないこともある。だからこそ、同じ立場の経営者の
友人が大切だ。最終的には自分で決断するとしても、その過程の悩みを聞き、
適切なアドバイスを得られるのは心強い。今回、中小企業大学校で学んだ21人の
研修生は、経営に求められる知識だけでなく、いざという時に語り合える友を
得た。終講式で互いを思いやる姿にも、それが表れていた。家業を継ぐ決断を
する若者が減っている時代だからこそ、会社を成長に導く役割を担える経営者が
一人でも多く育ってもらいたい。(編集子)
 
 
  中小企業ネットマガジン(8/2号)   
  ~リーマンショックの逆風をてこに新事業展開~

今年3月まで放送されていたNHKの連続テレビ小説「舞い上がれ」は、モノ
づくりの街、東大阪が舞台だった。ねじ工場を経営していた父が他界し、経営を
引き継いだ母を支えるヒロインの奮闘が描かれている。リーマンショックを
きっかけにパイロットの夢をあきらめたヒロイン。事業承継やリストラ、新たな
事業へのチャレンジ、地域との調和。リーマンショック以降、多くの中小企業が直面した課題をタイムリーに取り上げていた。

ドラマが最終回を迎えて間もなく、「DXセレクション2022」グランプリを
獲得した山本金属製作所を訪問する機会があった。本社があるのは大阪市平野区。
東大阪同様、昔からものづくりの工場が集積するエリアだ。山本金属製作所は
本社周辺の廃業した工場などを居ぬきのまま買い取り、オフィスなどに利用
していた。周辺の工場がマンションや住宅に姿を変える中、そこだけが昔ながら
の町工場の風景が残っていた。どこか「舞い上がれ」の原風景の中にいるような
感覚になった。

金属部品の切削加工を手掛ける山本金属製作所は、リーマンショックの逆風を
てこに事業を拡大させた会社だ。自転車部品など下請けが主力だったが、下請け
からの脱却を目指し、センシングやモニタリング、データ分析などの技術を蓄積。
切削加工工程の「見える化」を実現した。その成果をソリューションとして他の
企業にも提供する。取引先の数は600社を超え、リーマンショック前の10倍以上
に広がったそうだ。

現在、山本金属製作所が力を入れているのが、ロボットシステムインテグ
レーション(SI)事業だ。センシングやAI(人工知能)の技術をロボットに
応用し、人がやっていたさまざまな作業をロボット1台が自動でこなす。
山本憲吾社長は「最小限の人で高度なものづくりを実現できる。ロボットやAI
活用することで、人手が足りない中小企業の事業継続が可能になる」と指摘する。
近い将来、ロボットが人手不足に悩む中小企業の救世主となる日が来るかもしれ
ない。(編集子)
 
 
  中小企業ネットマガジン(7/26号)   
  DX成功のカギは経営者にあり! フジワラテクノアート~

◆中小企業にとってDXは避けて通れないテーマとなっている。しかし、実際に
DXで成功したケースは多いとは言えないようだ。なぜなのか。過去の調査では、
中小企業でDXが進まない要因として、DX・IT人材の不足を挙げる企業が多い。
これらの要因は確かにあるのだが、さまざまな中小企業を見るなかで、やはり
DXへの認識が経営者に正しくなされていないことを痛感する。

◆DXとはデジタルで事業を変革(トランスフォーメーション)させることである。
変革が主眼で、デジタルはそのためのツールに過ぎない。しかし、DX導入が
進まない企業を見ると、デジタルツール導入に関心がいき、肝心の変革を忘れて
いることが多い。さらに、デジタル導入を社員任せにし、経営者は我関せず
というケースもある。自社をどう変革させるかを考えるのは経営者の役割だ。
わが社のDXはなぜ進まないのかと首をかしげる経営者は、DXの目的と手段を
はき違えていないのかを改めて問うてみてほしい。
 
◆岡山で清酒や醤油などの醸造食品を製造する醸造設備を受注生産するフジワラ
テクノアートは、DX導入で大きな成果をあげた代表格と言える企業だ。同社は
まず、自社の将来像を「醸造を原点に、世界で『微生物インダストリー』を
共創する企業」と掲げ、実現するためにデジタルの活用が不可欠であると位置
づけた。同社も最初はデジタルスキルのある人材はたった一人だった。しかし、
副社長を筆頭に、社内の改革意欲のある人員を集め、手探りでスタートさせた。
当初から全社員に関心をもってもらえるように、改善策を徹底的にヒアリング
することから始め、参画意欲を高めた。製造現場など、それまでのやり方を
変えることに抵抗を示す部署もあったが、副社長が自ら、なぜ変革が必要かを
現場に説いて回った。これらの努力で短期間に21ものデジタルツールを導入し、
業務の効率化や経営を見える化を実現させた。

◆全社でDXに取り組む中で、デジタル関連の資格を取得する社員が延べ21人も
誕生するなど、社内のデジタル人材の育成も自然と進んでいった。今後はAIを
活用して酒造りに欠かせない杜氏の技能伝承をサポートするシステムを開発する
など、取引先企業に役に立つことに取り組むなど、同社のDXは着実に進化して
いる。同社のケースを見ると、なぜDXに取り組むのか、経営者が社員の理解を
得られるまで何度でも説明し、取り組みの最前線に身を置くことが、DXを成功
させる第一段階と言えそうだ。(編集子)
 
 
  中小企業ネットマガジン(7/19号)   
    ~世界に発信できるブランド名「TOKYO WOOD」~

今や日本国民の4割近くが発症している花粉症。国民病ともいえる花粉症
に対して岸田文雄首相が先ごろ国として対策に本腰を入れていく方針を示し、
話題となった。そこで思い出したのは石原慎太郎東京都知事(当時)の花粉症
対策である。2005年にスギ林が多い多摩地域を公務で訪れた際、花粉症を発症
した石原氏は対策の強化を打ち出したのだ。

その内容はスギの主伐と間伐。このうち主伐は木材用に切り倒すことで、
替わって花粉の少ないスギの苗木を植えていく。この対策を円滑に進めるうえで
重要なのは伐採した木の使い道である。木材の行き場がなければ植え替えは
進まない。そこで東京都は多摩産材の活用拡大に乗り出した。学校や図書館
といった公共施設のほか、鉄道会社が駅舎の改築に利用するケースも出ている。

住宅での活用も進められている。なかでも注目されるのが小嶋工務店
(東京都小金井市)の取り組みだ。地元・東京の木材を活用した地産地消の
家づくりを進めている。手間暇のかかる天然乾燥にこだわるなど厳しい基準を
設定し、「TOKYO WOOD」としてブランド化に取り組んでいる。林業者や製材所
など関係者は当初、強く反発したが、同社の小嶋智明社長は辛抱強く説得を続け、
協力を取り付けた。

ブランド名も小嶋氏の発案だ。「多摩産材」との呼び方が普及していたが、
「東京の木を日本一のブランドにするには世界に発信できるネーミングが
必要だ」として、周囲の反対を押し切って「TOKYO WOOD」という新しい名称を
採用した。さらに社名も「TOKYO WOOD」に変更したいと希望している。「東京の
木を活用することで循環型の林業を復活させ、東京の森を守り続ける。こうした
取り組みは私一代の話ではない」と小嶋氏。そのためには個人の名前を冠した
社名はふさわしくないというのだ。いつの日にか「TOKYO WOOD」という新社名
がお目見えするかもしれない。(編集子)
 
       
    
  中小企業ネットマガジン(7/12号)     
  DXと大正時代の駅舎~

山形県の赤湯駅と荒砥駅を結ぶ山形鉄道フラワー長井線は今年、全線開通から
100
周年を迎えた。開業は大正2 (1913)。その10年後に全線が開通した。
国鉄の分割民営化の荒波を乗り越え、現在は第三セクター方式で営業している。
2
両編成のワンマン列車は路線名を表すように花柄のデザインがラッピングされ、
乗客たちの心を和ませている。

この路線には全線開通当時の駅舎が今も残っている。長井市にある羽前成田駅
は大正11年の建造で、国の登録有形文化財に登録されている。木造平屋建ての
駅舎からせり出した昔ながらの玄関ポーチ。アンティークな待合室は実に趣深い。
切符売り場や囲炉裏テーブル、振り子時計。ぼさぼさ頭の金田一耕助が
ひょっこり現れてきそうな雰囲気だ。

部品加工メーカーの丸秀(東京都大田区)は、羽前成田駅のほど近くに主力
工場を構えている。代表取締役の小林隆志氏によると、進出してから50年以上
になるそうだ。「長井は創業した祖父の出身地。長井から東京の工場に働きに
来てもらっていたが、『ゆくゆくは地元に帰りたい』と話す従業員も多く、
工場進出を決めた」という。会社の成長とともに1つだった工場は3つになった。
地元の雇用に大きく貢献。地域に根差して事業を展開する。

のどかな集落のはずれにある工場はIoTを積極的に活用し、スマート
ファクトリー化が進められている。2022年には先進的なDXの取り組みを表彰する
DXセレクション」に選出された。目標としたのはQCD(品質、コスト、納期)
の別次元への引き上げだ。汎用のソフトや機器を活用し、低コストで最大限の
効率化を実現させた。EVシフトという激変に備えた挑戦で、他の中小企業にも
大いに参考になる取り組みだ。

取材を終え、駅の待合室で1時間ほど帰りの電車を待った。時代の変化に
適応するため変化を続ける工場と、時代が止まったような駅舎。100年の歴史を
1
日で旅をしたような、そんな不思議な感覚にとらわれた。 (編集子)  
   
       
 
  中小企業ネットマガジン(7/5号)     
  ~宇宙のモビリティを開発~

◆まもなく七夕。織姫と彦星は今年も無事に出会うことができるだろうか。
古の時代から、人々は遠い宇宙に思いをはせ、さまざまな物語をなぞらえてきた。
七夕の織姫と彦星の伝説は、中国が起源とされるが、今では日本のみならず、
アジアの広い国々でさまざまな言い伝えがあるという。

◆株式会社Pale Blueは「宇宙のモビリティを提供する」という大きな目標を
掲げるベンチャーだ。東京大学大学院航空宇宙工学専攻の小泉研究室にいた
メンバー4人で2020年4月に創業した。水を原料とする人工衛星の推進機と
推進剤を開発している。衛星の推進剤にはこれまで人間にとって有害であったり、
希少で高価だったりする材料が使われていた。水という安全で安価な材料が
実用化できれば、宇宙開発にとっても大きな一歩となる。

◆同社が開発した水による推進剤と推進機はすでにいくつかの衛星に搭載され、
宇宙空間で運用が始まるなど、実績を積み重ねつつある。Pale Blueの浅川純
社長は「月面基地建設や人による火星探査が計画されているが、そのためには
大量の物資を運ぶ必要があり、安全で安価な推進機と推進剤は必ず必要になる
技術」と意義を語る。現在は小型衛星用の推進機を開発するが、将来はより
大型の衛星用にも挑戦していくという。

◆地球の近傍の宇宙空間には、今でも役割を終えた人工衛星や衛星が細かく
砕かれたものが無数にあり、スペースデブリとして高速で地球上空を回っている。
人類が宇宙開発に乗り出すようになって以降、その数は増える一方だ。安全な
推進機と推進剤があれば、スペースデブリを捕らえて適切な方法で地球に
落として消滅させるという手段も講じられる。さらには、人類が宇宙旅行を
楽しむ時代になっても、宇宙の環境を守りながら、移動手段を確保することが
できる。織姫と彦星も年に一度といわず、逢いたいときに逢えるようになるかも。
(編集子)
 
   
       
     
中小企業ネットマガジン(6/28号)  
   ~現状に甘んじることなき不動産会社~

「不動産」「エステート」「地所」。これらは不動産会社の名称によく
使われるワードだ。おもしろみはないが、わざわざ「ウチは不動産会社です」
と説明する必要はない。このほかにも「ハウス」「ホーム」「ルーム」といった
ワードでも不動産らしさを出せる。こうした常識にあえて逆らい、不動産業
らしからぬ社名を付けているのが株式会社ソロン(佐賀県佐賀市)である。
「現状の不動産会社にはなりたくない」(平山浩美代表取締役)との思いから
1996
年の創業時に名付けたという。

ソロンは古代ギリシャの政治家の名前である。貴族と平民との対立が激化する
なか、債務の帳消しや民衆裁判の設置など平民寄りの改革を断行した「ソロンの
改革」で知られる。社名にふさわしく、同社ではDXで改革を行った。業務アプリ
構築クラウドサービス「kintone」を導入し、取り扱い案件の進捗状況や顧客・
不動産物件の情報などをリアルタイムで一覧できるようにした。

これらの情報を見やすくするため、社員は縦長と横長のディスプレイを使用し、
パソコンと合わせて3つの画面を自席で閲覧できる。「まるでIT企業のような
オフィスだ」と言われるそうで、社名だけでなく、社内環境も不動産業らし
からぬ様子になっている。こうした取り組みが評価され、同社は今年3月、
経済産業省のDXセレクション2023で優良事例に選定された。

「現状の不動産会社にはなりたくない」として社名を付けた平山氏には座右の
銘がある。それは、松下幸之助ら多くの偉人に語り継がれてきた名言「現状維持
は後退である」。世の中が刻々と変化するなか、旧態依然と変わらずにいると
後れを取ってしまう、という意味だ。その言葉どおり平山氏は、現状の2店舗
に加え、佐賀、福岡県内に15店舗を新たに開設する計画を抱いている。改革者
の名を看板に掲げる同社は、現状に甘んじることなく、さらなる改革を進めて
いく考えだ。(編集子)
   
 
         
    

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